初色軸
十数巻にもおよび力作の法案をひとまず書き終えて、諸葛亮は満足の吐息を吐いた。
十数巻にもおよび力作の法案をひとまず書き終えて、諸葛亮は満足の吐息を吐いた。
凝り固まった首と肩を回すと、ごきりと不穏な音がする。
筆を持ち続けた手は凍えたように冷たくこわばっていて、指先の感覚がなかった。
ふと見ると、お付き合いをし始めたばかりの情人が兵法書をたぐっている。
野生の本能で行動するばかりの荒々しい気性にみえて、実はけっこう努力家であるのが驚きだった。
沐浴を済ませた夜着姿で、無造作に着付けた合わせからむくつけき筋肉がもりもり盛り上がって衣を押し上げている。
気配をひそませてすすっと背後に忍び寄った諸葛亮は、冷え切った手を、すぅっと情人の襟元に忍び込ませた。ひと息に背へとすべらせてひたりと留める。
「っひぎゅあ!」
飛び上がった偉躯がぎろりと目を剥いて振り向いた。
「冷た――!!軍師!何をなさる」
「・・・・あたたかい。というか、熱い」
魏延をびっくりさせたのは本望であるが、その体躯の熱さには諸葛亮もびっくりである。
筋肉とは人体最大の偉大な発熱機関なのだ。
「まったく・・、このように冷たくされて」
ぐるりと本格的に振り向いたせいで背にあてていた手のひらは自然と外れてしまい、すくいとるように手をさらわれて、ぎゅっと握られる。
高い体温を揉みこむようにぎゅむぎゅむと手を揉まれると、火で炙るよりもたやすく指先の内側からぬくもりが芽生えていった。
子どもにでもするようにそうしていた魏延が、ふと目を上げた。
「・・・寝所に入れていただければ、もっと、芯から御身体を温めて差し上げるのだがな」
意味ありげに口端を上げて言うので、諸葛亮は目を伏せてちいさな笑みをこぼした。
「ん・・・もう少し、経ったら・・」
含羞を漂わせた笑みの美しさにあてられた魏延は、肩をすくめる。
そうして握った手を引き寄せて、冷えた躰を己の胸に持たれかからせるようにしてから、読んでいた書の分からぬ箇所をひとつずつ、世にも稀な賢者に問うていった。
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