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YoruHika 三国志女性向けサイト 諸葛孔明偏愛主義
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「肩が凝りました」

と、情人が言った。
証明するかのように、首を左右に折り曲げてため息を吐くのだが、その意は馬超にはさっぱり伝わらない。
「肩が・・・なんだと?」
「肩こりですよ・・・知らないのですか」
「知らぬ」
知らぬものは知らぬと偉そうに胸を張る情人に、知略三国に冠絶する軍師であるところの諸葛孔明は呆れたように肩をすくめる。
馬超は、この軍師を私邸へと拉致してきていた。
日が暮れたのを見計らって軍府に押し入り、強奪してきたのだ。
とくに意味は無い。
近ごろ、逢瀬を持っていない。それではいかん、と思ったのだった。

そして実際、馬超は肩こりというものを知らなかった。
知らないものは知らないのだから分かるように説明してくれれば良いものを、軍師はぷいと横を向いた。
旦那様、と控えめな家人の声がかかる。
酒とともにご馳走を運び入れてきたのだが、主人と客人の間のいささか不穏な空気を感じ取っての進言だった。
「長い時間同じ姿勢で机に向う文官様がよくなる症状ですよ・・・肩や首が張って痛んだり違和感があったりするのです。病とは申しませんが、ひどい肩こりは辛いものです」
「ほう」
ひそひそと耳にささやきかけられる言葉に馬超は目を見張る。
文官によくある症状だと聞いて納得した。
「なるほど、分かった。文官と親しくなる機会がこれまでなかったので、知らなかったのだ」
馬超の生家は武門の家である上、土地柄、文官というものは少なかった。
同時に可笑しく、馬超は朗らかに笑った。
「よくもこの俺が、文官の親玉、といったようなお前と、親しくなったものだ」
「親しくした覚えは、ありませんが」
空気がぴきりと凍りつく。
馬超は笑みを引き攣らせたが、孔明はしれりと横を向いている。
家人は亀のように首をすくめ、けして目を上げぬようにしずしずと皿やら酒瓶やらを卓に並べて、すみやかに退室していった。

孔明の機嫌が悪いのには訳がある。
「あとで馬良に、肩を揉んでもらう約束だったのに――」
卓につき、きれいに並べられた料理をつつきながら、陰にこもった声で怨じている。
肩こりの時には、他人に肩を揉んでもらうのがひどく気持ちよいということだった。
あれか、と馬超は見当をつける。
武術の鍛錬で筋を痛めたときなどに、人にほぐしてもらうのが心地よいのと同じか。
馬超は他人に触れらるのが嫌いなので、自身にさせたことはないが、それならば見たこともあるし理解できる。
なんでも馬良は肩揉みの上手い男で、その妙手はすでに達人の領域らしい。
あれがな、と馬超は馬良の顔を思い浮かべる。
すこし面長の、わりと端正な顔立ちの男である。見るからに温和で理知的でもあるのだが、どうしたことか眉が白く、それが才気あふるる顔に一種おかしみを加えていて、なかなか好感の持たれる顔だ。
馬良は荊州の統治の補佐を受け持っており、ここ益州にはしばしば来ているものの、やはり持ち場は荊州の方で、だからさいきん職務の忙しいせいで肩こりがはなはだしい孔明でも、肩をもんでくれとは言いがたい。
そこを曲げて頼んでようやく得た約束を、突然あらわれた馬超にだいなしにされた、というわけなのだ。その恨みは肩の重さの分だけ深い。
馬超は肩をすくめた。
「――知らなかったのだ、仕方あるまい」
「・・・・」
じと目でねめつけられて、だん、と酒杯を置く。
「だいたいな、他の男に肩など触らせるな」
「では、あなたが肩を揉んでくれるとでも?」
皿に残っていた蒸した鶏をぼそぼそと咀嚼した孔明が箸を置き、じろりと目を向けてくる。
切るような眼差しに、馬超は口ごもった。
「俺に、肩を揉めと――・・・!?」
「いいえ。あなたが私の肩こりを解消できるなぞ、これっぽっちも思っていません。ええ、毛の先ほどの期待もしておりませんとも」
「うぬ」
怨念と負の断定に満ち溢れた視線に馬超は激昂した。
「よくも言うたな」
「言いましたとも。事実でありましょう」
「あ、あの」
将と軍師のやり取りに分け入ったのは、皿を下げにきた家人である。
「・・・味は、お気に召されたでしょうか」
この状況で料理の出来を聞くとはいっそ見上げた度胸である、と怒りを忘れて馬超は感心し、軍師もすこしは怨嗟を潜めた。
「ええ。良い味でした。腕の良い料理人に気の効く給仕と、まことよい家人が揃っておられる・・・馬将軍には勿体ないことと感服いたしました」
事実として料理の味は良かった。滋養に優れた食材を薄味で調理したところなぞ、まさしく孔明の好みに叶っている。
酒も涼やかな飲み口の上物であった・・・というところまで考えて初めて、馬超が自分を饗応するためにとくに命じてあつらえさせたのであろうか、と孔明は気づいた。
とすれば、この倣岸な男にして、最大限の気づかいである。
「酒も料理も、私のために・・・?」
つぶやくと、今度は馬超の方が憤懣やるかたない、という様子でふんと横を向く。
そういえば久々の逢瀬である・・・ということも、孔明はようやく思い至った。
すこし雰囲気が良くなったところで、空いた皿を片付け終えた家人が、頭を下げた。
「旦那様、軍師様、湯殿の仕度が整っておりますれば、どうぞ湯を召されませ」
「―――」
馬超は無意識に顔をしかめる。
風呂は好きではないのである。
というか、ぬるい湯に浸かって喜ぶのは軟弱な漢人の風習として蔑んでいた。剽悍な羌人は潔く、清水で沐浴するのだ。
俺は要らん、と言いかけて所、いつの間にか背の後ろに回っていた家人がひそやかにささやいた。
「温浴は肩こりに効きまする。軍師様のご機嫌麗しくあい変わられますことに相違ありませぬ」
「・・・・・・・」
湯、と聞いてはやくも頬をゆるませる情人をみやって、馬超は腕を組んだ。

 

 

「・・・何故、一緒に入るのです」
もうもうと上がる湯気の中で向けられたうろんげな眼差しに、馬超は不機嫌に声を荒げた。
「知るものか。一人ずつでは熱い湯がもったいない、二人で入るのが宜しゅう御座います、と言うのだから、仕方あるまい」
もう知るか、という気分だった。
久方ぶりの逢瀬というに孔明の機嫌は悪いときては、用意させたとびきりの酒も美味くは感じなかった。それも肩が凝ったとかいうわけの分からん理由である。色気もへったくれもない。
完全に不貞腐れた馬超は、しぶきを蹴立てて先に湯船に入った。
湯殿全体をに溢れる熱気がまた疎ましい。熱い湯など好きではないのだ。湯気で髪が張り付くのがなおさらに不快であり、馬超は眉間に皺を寄せた。
おまけに、
「・・・なんだ、これは」
風呂には、ぷかぷか白い物体が浮いていた。筋が通っているところは樹の葉っぱに似ているが、色は真っ白だ。
「花びら?」
しずしずと湯にはいってきて「あぁ・・・この為に生きてる」と深い深い息を吐いていた孔明も、それに気づいて指を伸ばす。花びらだけではなく、花そのものも浮いていた。
「薔薇・・・ですか。白い薔薇ばかりとはまた風流な」
「なんだと?」
「薔薇を知らないのですか?」
まさか、とかなりの驚きを含んだ眼差しに、馬超の不機嫌はとどまるところなく増大する。
「もういい」
この不愉快きわまりない空間から出ようと身体を起こしかけたとき、すい、と情人が近寄ってきた。
「この樹は南方のものですから、知らないのも道理かもしれません」
やさしげな口調に、つい馬超は問い返した。
「樹に咲く花なのか」
「ええ。棘のある細い枝を茂らせる木です。花は蕾のうちに摘んで干したものを茶に入れますし、実も食用になりますから、有用な植物ではありますが、それにも増して花の美しさと香りが抜きん出ています」
ついと花卉を指で摘み上げた孔明は、香りを試さんと花に顔を寄せた。花びらが多く重なる白い花だ。潔癖な白さがなにかに似ている、と思った次の瞬間に馬超はつぶやいた。
「おまえに似た花だ」
え?と振り返るのを、引き寄せた。
湯の中であるせいか、それほど力を込めずとも痩身はゆらりと揺らいで、腕の中におさまる。
と、同時に花香が漂った。
たとえば桂花のように風に乗る薫りではない、よほど近くで嗅がなくては分からぬひそかな、それでいて涼しくも甘やかな匂いである。
馬超の口が笑みを刷いた。
「香までおまえに似ている。木には棘があると言ったな。ますますそっくりだ」
「言ってくれますね・・・」
優婉な眉を引き攣らせるのを笑って、抱き寄せる。
情人の邸に連れ込まれてなお肩こりだ何だと仏頂面を炸裂させる色気のない堅物だが、当人の容姿はまことにうるわしい。
湯にあたためられて上気した肌膚の、さながら花びらのようにやわらかげな優しさは、可愛げの無い性格を補ってあまりある。
黒い髪は湿り気を含んでしっとりと重たげで、触れれば指に絡みついた。髪からはかすかな墨香とともに、孔明自身が焚きつけた香のくゆりもほのかに漂っている。
馬超は武器をふるう以外の瑣末時にはほとんど使われぬ指先で、黒々とした髪を梳き、漂ってきた花びらを黒髪にまつろわせて愉しんだ。
「おまえに、似合う――」
髪に口付けたところまでは、覚えている。それ以降、馬超の意識は途切れた。


目を覚ますと己の寝台で、繊麗な容貌が覗き込んでいた。
「・・・気がつきましたか」
「俺は、――なにがあった?」
意味ありげな流し目で此の方を伺っていた眼差しが急に笑みを含み、軍師はぷっと吹き出した。
「のぼせたのですよ、あなたは。あまり熱い湯に入ることは無いんですって?」
「のぼせ・・・」
湯に浸かる習慣のない馬超には、むろんのぼせた経験も無い。
よく分からぬが、ともかく風呂で意識が遠のいたことは確かなのだろう。
「おまえが、運んだのか――?」
「まさか。あなたが自分で歩きましたよ。熱い、暑いと真っ赤になってわめきながらそれでも夜着をきちんと着たところは、さすがに育ちが良いと感心しました」
孔明はくすくす笑っている。
「機嫌が、なおったのか」
「え?・・・ええ、まあ。美味しい料理と酒と、花を浮かべた風呂まで馳走になって、仏頂面はしていられません」
苦笑する顔も、うなじで纏められた湿り気を帯びた髪も、美しい。
きしりときしみを鳴らして、寝台の端に孔明が腰掛けた。
「このままぐっすり安眠できれば、最高なのですけど―――」
「そんなわけにはいくか」
馬超は腕を伸ばし、細身をぐいと引き寄せた。平衡をうしなってなだれ落ちてくる肢体を受け止め、体躯を入れ替えて寝台に押し付ける。
「目を覚ます前に、さっさと寝てしまうのでした」
「俺の寝顔に見惚れていたか」
「・・・!」
さもおかしいことを言われたというように孔明が笑い出す。屈託なく笑っているのを組み敷いて馬超は口角を上げた。
「客間に逃げ込んで眠ってといたしても、目が覚めた瞬間に襲いに行っておっただろうな。湯殿にいるおまえはうつくしかった―――俺はもう熱い湯などご免だがな」
「花を――ありがとうございます」
「家の者に言え。俺が命じたわけではない」
「そうですね・・・」
組み敷いた身体の、首の付け根に口づけた。
湯と、花の匂いがする。
「馬超殿・・・」
「うん?」
喉のくぼみを舐めてから、馬超は顔を上げた。
「寝顔に見惚れてたんじゃないですよ。尊大で偉そうなあなたが、赤い顔でうんうん唸っているのが可笑しかったのです」
「この―――」
あまりな物言いに、歯噛みした馬超はぐいと夜着の胸もとを広げた。
「安眠が遠くなったぞ、孔明」
くすりと笑った孔明が腕を伸ばしてくる。
「嘘です。心配で見ていたのです・・・優しくしてください、馬超殿」
細腕に頭部を囲まれて、花の香りに包まれた。

 

 

 

 

 

 

薔薇風呂です・・・ええ薔薇風呂ですとも。耽美?なにそれ食べたら美味しいですか。
なんで薔薇風呂で肩こりかな・・・なんでそこでのぼせるかな・・・

 

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「俺は、おまえのつめたい表情がすきではないな」

「へえ。そうですか」

「かといってわらった顔も、どうだかな。わらおうとしてわらっている冷笑など、見たくもない」

「見なければよいでしょう」

「分かった、見ない」

と言って、顔を近づけた。何をするいまは仕事中だこの慮外者などという罵言を聞きながら強引に引き寄せて口づける。

「怒った顔は、まあ、好きだな」

「・・・・あなた、」

「なんだ」

「・・・無遠慮にひとの領域を侵すのはやめなさい。わたしのなにを知っているというのです」

「殆どなにも知らないな。だが、おまえが冷たい表情を浮かべたくて浮かべているのではないことは知っているぞ。無表情も冷笑も、おまえの本質ではあるまい」

彼はすこし笑った。見事な冷笑だった。

「わたしの本質が、あなたに分かるとでも?」

俺はすこし黙って、「いいや。分からないな」と答える。

「分かるわけないでしょうね」と勝ち誇ったように彼が言う。

本当は、分かる、と答えようかとおもった。
閨で、夜ときどき、不安そうに人肌を求める。
夢の中で、なにかに怯えてすり寄ってくる。

意識のないときのおまえは、俺にすがってくることもあるものを。

 

多分、俺は不機嫌な顔になっている。睨みつけているように見えたのかもしれない。笑んでいた彼はふといぶかしげな表情をし、此の方を伺うように黙り込む。

仏頂面のまま、俺はおもむろに手の平で彼の口を押さえて拘束し、足で扉を蹴り開けて外に出、口笛で馬を呼んだ。
あっけに取られていたらしい彼が我に返って暴れ始めたが問答無用で馬上に引きずり上げる。
この国でもっとも多忙な軍師を拉致する先は決めていないが、どこに行こうが、思う様なじられるだろう。
それでもいいと、思うのだ。
うすぐらい執務の室でうすらわらっているよりは。
空の下で怒っているほうが、まだいいと、思うのだ。
 

背後にてその主君の室の扉が閉まる音を知覚したとたん、馬超は武袍の襟をゆるめた。
ついでに髪に指をいれ、てきとうに掻き乱す。
櫛目もうるわしくきりりと結われていたせいで、こめかみが引き攣るようだったのだ。
腰に下げた飾り物もいいかげん鬱陶しいのだが、外しても仕舞っておく所がないので下げておくしかない。

(まったく岱のやつ・・・ここまで飾り立てなくてもよかろうに)

主君の御前に伺候するというので、馬岱に念を入れて仕度された。
劉備は服装の格式にうるさい性分ではないし、陣営もまた気さくなものだ。
野放図なのはどうかと思うが、格好など無礼にならぬ程度に整えておれば良いとおもう。

華美な鎧と袍で綺羅とよそおい、西涼の錦だ何だと誉めそやされることを誇らしくおもっていた過去は、遥か遠い。
蜀に下ってからもことあるごと、従兄が冠する錦の異名をおとしめまいと気張る馬岱の気遣いは愛しくもあり、わずらわしくもあった。

 

「・・・これは馬超将軍殿。将軍御自らわざわざのお運びとは、なにか火急の用でもお有りですか」
機嫌が悪いときに嫌味なほど慇懃な口調になるのは、この軍師の癖のようなものだ。
「用はない」
それを分かっているのかいないのか、馬超の口調は変わらない。
「考えてみろ。俺がお前に用など、ある筈がない」
堅苦しいのは嫌いだと自覚しながら、この城でも群を抜いて堅苦しい男のもとに通ってしまうのは、我ながら解せないことであった。

(そういえば、この男も異名を持っているのだったな)

臥龍、伏龍・・・

天子をも象徴する高貴な神獣にたとえられる心地は、いかほどのものなのか。

「息が詰まるのではないか?」
「・・・なにが、でしょうか」
「なにもかも、だ」

城でいちばん堅苦しいこの場所も。
城でいちばん堅苦しいその立場も。
鎧よりも重そうな、黒い袍も。

「捨てたければ、捨てさせてやるぞ」
「・・・いきなりあらわれたかとおもえば、分からぬことをおっしゃる」
「分からないのか」
「・・・・分かりませんね」
「そうか、分からないのか。では俺の思い違いだな」 
捨てたがっているように、見えたのだがな。

軍師はほそい指さきで筆をもてあそび、ふと利き手のくすり指を唇にあてた。この仕草が思い悩むときの軍師の癖ということは、馬超は知らない。  
「・・・貴公はいったい何をしにここへ?」
「云わなかったか。用などない。気にするな、もう行く」 

訪れたときと同様にぶらりと出てゆく。
その背を物憂げに見詰める視線のあったことを、馬超は知らない。
 

「孔明」
 この部屋の主に呼ばれた。
 この男と自分との関係をいいあらわす言葉を捜すのはむつかしい。
 むつかしい上にかなりどうでもいいことなので、特に定義はさだめていない。
「孔明」
「・・・孟起。いっておきますが、わたしはまだ起きませんよ」
「ほら、見ろ」
 ジャっというのは、たぶん窓を覆う帳が開けられる音であろう。
 わたしはふとんの端をしっかりと握り締め、もそもそと亀のごとくその中に潜んだ。――否、潜もうとした。
 人のいうことを微塵も聞かない、そして場の空気をよむ度量のない男は、いつもわたしの牙城を安易に、そして容赦なく崩す。  
 寝ているもののふとんを剥ぎ取るなどという所業はいつだって許されるものではない。職務が休みである朝ならば尚更のこと。
 わたしはどんな罵言を放ってもよい立場であった。 
 だが、洩れた言葉といえば、
「・・・雪・・・・・・」
 という唸りめいたつぶやきのみ。
 冬に、いやすでに春先という区分であろうが、ともかくいまの時節に雪がふるのは珍しくない。
 まして降っているのは、春に相応しい綿雪である。
 だがそれは例年ならば、という注釈がつく。
 この冬はどういうわけか、雪がひどく少なかったのだ。
「・・・・・・」
 如何な感想を述べようかと思案する間もなく、わたしの体はぶるりと震えた。
「寒いのか」
 男は何故か嬉々としてその良く鍛えられた腕をわたしに廻してくる。
「なんだ。薄い反応だな」
 拍子抜けしたように云う。
「おまえは、雪をみたら真っ先に黙々と足跡をつけてまわるタチかとおもったんだが」
 ・・・黙々と、ってなんだ。人を根暗みたいに。
「・・・新雪の雪原なら・・・」
 そうしてもいい。だが、まだ雪は降り出したばかりのようで、地面をまだらに覆っているだけである。これで足跡などつけに行ったら、沓が泥にまみれるだけであろう。
「それもそうだ。ならば、積もるまでまだ間があるな?」
 といって、男はわたしを押し倒した。雪が積もるまでそういうコトをして待つ気であるのか。
 都合が良いというか悪いというか、そういえばここは閨であった。
「・・・積もるかどうか・・・」
 分からないではないか。春の雪は淡雪という別名があって、凍り凝ごることなく融け消えることでも有名なのだ。
 というようなことをわたしはぼそぼそと説明した。
 休日の朝に明瞭な思考を持つことはむつかしい。
「積もらなければ、ずっとこうしているか」
 それも悪くない。
 男は鼻歌でも歌いだしそうな上機嫌で、わたしの帯を解きだした。


 結果を云おう。
 雪は積もらなかった。  
 

苦しいときは、どうすればよいのか。
 誰かに相談…といっても、国家的機密であるし。
 わたしときたら、友人もいないし。
 わたしが苦しそうな顔してたら、周囲が怯えるし。(国家的危機かと)
 全軍の志気にかかわる…し。 
 しょうがない。
 笑っておこう。

 

「子龍、ちょっと抜けていいか」
「…調練中なのだがな」
「俺はあれのたいていの部分は嫌いだが、あの、苦しいときほど薄ら笑ってるのは、ほんとうに嫌いだな」
「嫌いなのか」
「ああ」

「じゃ、ちょっと行ってくる」
「…ひとつ聞いていいか、馬超」
「なんだ?」
「おまえに何か、メリットはあるのか」
「そんなもんあるか。罵詈雑言は吐くわそこらの竹簡を投げつけてくるわ、ひどいものだ。
…ああ、しかしあるといえばあるな」
「拝聴しようか」
「ああいうときのあとの夜はすごい。あれのみだれようが」
「聞くのじゃなかったな」
「忘れろ」

「おまえがすこし、羨ましい気がするな」
「そうか。安心しろ、俺もだ」
 

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