戦闘流血残酷表現あり
夢を見た。
あたりは死屍累々。
いや死骸ならばものは言わずに静かであるが、負傷したものの上げる苦鳴の酸鼻きわむる様といえば話にもならぬ悲惨さである。あるものは臓腑をぶちまけ、あるものは四肢のいずれかを欠き。
まこと戦場とは美しいものがひとつも見当たらぬ。
飛来する矢に馬が斃れ、徒歩にて雨あられのごとく向かい来る敵兵を片っ端から叩っ斬った。
血はふつふつと煮えたぎり臓腑が灼けるような高揚とともに、おぞましさに反吐が出そうな心地である。
鋼と鋼がぶつかり合って生ずる一瞬の火花。受けた傷から流れ出る血は生命そのもの色で戦袍を内側から汚し、得物の大刀を振るうたびに返り血がどしゃぶりに降りそそぐには辟易とした。
勇猛というよりは野蛮と評される戦をする魏延は、もとより敵兵に一片の容赦なぞせぬ。
振り上げざまに股から胸までを一撃で切り上げ、横ざまに薙いで雑兵の首を飛ばす。将校格の鎧はさすがに堅固で刃が通りにくいが、豪腕でもって捩じ斬るように刃を叩きつけては絶命させた。
卑賤の生まれであっては手柄を立てるほか立身の手段はなく。なるべくならば一撃で打ち倒さねば数がかせげぬ。
いつの間にか深入りしすぎていた。
林のごとき敵兵が盾を構えて並び、その後ろから弓兵がずらずらと出てきて強弓を引き絞らんとする。
ほう。ここで死ぬるのか。
いやまさか。雑兵など束になってもこの魏文長を弑することができようか。
ふん、蹴散らしてくれる。
まるで冥府にひきずりこまんとする白い手が伸びてくるのを、魏延は掴んだ。
意識がぶつりと戻る。
視線を上げると、簡素な天幕が目に入った。
女というほどは細くも華奢でもなく、案外しっかりとした骨をしている。それでも魏延がわずかなりとも力を込めれば、なんなくへし折ってしまえる白い手首を、掴んでいた。
掴んだ手を辿って視線を上げる。
曰く言い難い表情をしたものが、見下ろしている。
戦場にはおよそ似つかわしくない気品と知性を含んだ、深山の白玉を刻んだがごとく硬質であり秀麗な顔立ち。
「・・・おまえのような者でも、悪しき夢に苦しむのだな」
水のような声を聞きながら魏延は床に敷いた寝床の上で身体を起こした。
「べつに悪しき夢ではござらぬ。戦場にて敵を殲滅せんとしたところだったのだからな」
不敵な嘲笑さえ浮かべた魏延を軍師はまっすぐに見詰めた。
悪しき夢のようではない戦場などあるものか、と彼はつぶやいたようだった。
「某は卑賤の生まれ。戦場で手柄を立てねば出世は叶わぬ。さよう、悲惨であればあるだけ武勲をたてる機会が多いゆえな。望むところよ」
「・・・そうか」
「まだ、仕事か、丞相。もう夜半は過ぎていように」
「いま終わった。寝る」
「左様か」
冷えた肢体に手を伸ばして引くと、肩を覆っていた袍がすべりおちた。
真夜中を過ぎているであろう。静かだった。
陣中ゆえの粗末な寝床へといざない、覆いかぶさる。
「添い寝か、荒淫か―――さて丞相、この魏文長に、どちらを所望なさる?」
「やさしく、抱け。魏延」
「は、・・・」
やさしく。
やさしく、抱く。やさしく、・・・
やさしく敵を殺したことはないが。
やさしく人を抱いたことは、はて、あっただろうか。
「できないのか?」
「・・・・・・・できまするな、おそらく。貴公がお望みであられるならば、善処いたそう」
「うん」
冷えた肩をやわらかく抱き寄せ、玲瓏とした白皙の容貌を見下ろして魏延はふと、夢の中の戦場に居た己を思った。
そうであった。忘れていたな。
わが軍の戦場には、美しきものが在るのであったな――・・
わが軍の戦場には、美しきものが在るのであったな――・・
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