そのとき諸葛孔明は絶対絶命だった。
彼は刺客に囲まれていた。前だけではなく横にも後ろにも武器をもったあやしの者がいる。
脇の下を汗がつたう。懐剣をにぎった手にも汗がにじんだ。
軍師を囲んでじりじりと間合いをつめていた刺客がいっせいに動いた。
孔明は半眼に目をほそめ、懐剣を鞘ばしらせた。
そのとき、馬のひずめが地を蹴る力強い地鳴りが響いた。まるでかみなりのようだった。
きらめく長剣。常人がつかうものよりよほど長い刃が空を切る。
孔明は息を吐いた。
「孔明。無事か」
またたきを数度するくらいの間に敵を打ち果たした武将の手が孔明の頬にふれた。
「ええ…」
弁舌家の孔明も、こうなるとなめらかに舌がうごかない。
「…孟起、どうお礼を申し上げたらいいのか…」
「ん?気にしなくていいぞ。か弱い婦女子を守るのが武人の務めだと、亡き父上はいつも言」
「…誰がか弱い婦女子ですかっ」
孔明は握ったままで使わずにすんでいた懐剣をふりあげた。
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