俺の話を聞く孔明は、いつもとても眠そうだ。
主君のそばでの温和もなければ、武将たちの前での厳しさも、文官どもを従える理知もない。まったく無い。
とろりとした目は、今にも閉じられそうにうつらうつらと揺れている。
否、事実、閉じられているときも多い。
聞いていないのか、と声を荒げたことは一度や二度ではない。
大体、話し好きというわけではないのだ。
語り合うことはどちらかというと苦手だ。
ところが孔明はなぜか俺に話をさせたがる。
聞いているのかと問うと、聞いていると即答が返る。
口をつぐむと、なぜ黙るのかという目で見る。
それでいて眠たげに目を伏せて、聞いているのかいないのか分からない。
いまも毛織りの布にくるまって、目を閉じている。
俺にだけ話させてくつろぐさまがしゃくに障り、ためしにちょっと黙ってみた。
どれくらい時が流れたか、孔明は目を上げた。
「孟起」
俺はこの目に弱い。声にも弱い。それにおそらく、
「な、なんだ」
・・・あざなを呼ばれるのに、弱いのだ。
「続き、は」
「・・・ずるくは、ないか?」
「・・・ずるい・・・?」
孔明はちょっと考えるしぐさをした。
黒すぎるほど黒い双眸に理知が戻りそうな気がして、俺はなぜか慌てた。
「そうだ。そうではないか?俺にばかり話をさせるなぞ。おまえのほうがよほど口が立つだろう。それに――いつも思うのだが、ほんとうに聞いているのか。眠っているのではないのか?」
「気持ちいいのです・・・よ。あなたの声を聞いているのは。それでつい…」
眠ってしまいそうになるのだと、孔明はつぶやく。
多少はむっとしなくもないが、それでいて怒りもできない気分だった。
呆れ半分、複雑な心境になったが、反面、思わずくっと笑ってしまった。
「なにか・・・おかしいですか」
「ああ、おかしい。俺の声で眠くなるだと?同じだな。俺も、軍議でおまえが神妙な顔つきで語る軍略など聞いていると、眠くて仕方ない。子守唄の領域だぞ、あれは」
ふぅ…ん、と孔明が目を上げる。
一瞬その白い容貌に、理知どころか冷厳まで宿った気がしてぎょっとした。
俺の室で、理知など無いほうが良い。眠そうに揺れているほうがよほどマシだ。
俺の心中など知らぬだろうに、孔明はまた毛織りに顔を伏せて目を閉じた。眠そうに。
ほっとしたのだが、見てるうちに俺も、眠くなった。
「寝る、か」
毛織りにうずもれた頭部が、ゆるくうなづいた・・・ような、気がした。
立ち上がって手を差し伸べると、ごそごそと孔明も立ち上がる。
相変わらず、厳しさも理知もみじんもない様子にすこし笑えた。
「孔明」
「・・・はい」
「す―――いや、なんでもない」
口ごもった挙句、俺はちょっと赤くなった。
眠くて頭がどうかしているのだ。―――なことを言いそうに、なるとは。
「・・・孟起」
「な、なんだっ」
「・・・眠くて、歩けそうにありません…」
「う、む」
・・・仕方ない。眠いとあらば。
俺は孔明を抱き上げて、寝台へと運んだ。