春の名残を残した空は、深く澄み渡っている。
白く柔らかな雲が、青の広がりの中あちらこちらに浮かんでいた。
草の匂い、鳥の声、風に揺れる木々――
そんなふうなものに囲まれた時間が流れている中で。
びゅう、と槍の穂先が風を切った。
春の風の中で、趙雲が、槍の鍛錬をしている。
ゆるがず大地を踏みしめる両脚。
長身の体躯がしなやかにしなる度、鋭く空気を切って蒼房の槍が銀色の軌跡を描く。
どの動作を切り取っても、一幅の絵のように勇ましく美しい。
少し離れた草むらに腰を下ろした諸葛亮は、彼を眺めていた。
手にしていた竹簡は、もうとっくに読まれずに閉じたまま。
風が頬をやわらかく撫で、衣の裾をはためかせる。
目を細めながら、諸葛亮は思う。
(……趙将軍は、まるで天から遣わされた武神のようだ)
陽を受けた銀槍が、まばゆい光を跳ね返す。
天へ、地へ、流れるように舞うその姿に、見る者は誰もが心を奪われるだろう。諸葛亮も例外ではなかった。
一連の動作を終えた趙雲が、額に浮いた汗をぬぐいながら、ふと振り返った。
「何を、見ておいでですか」
ぼぅっとしている諸葛亮と閉じられている書簡に、不思議そうに目をすがめている。
見惚れていた、とは言えなかった。
「見事な槍術だと、おもいまして」
口にできたのは、そんな陳腐な台詞だけだった。
春の風のせいだろうか、軍師は張り詰めた雰囲気を消していた。
表情はいつもよりずっとやわらかくくつろいでいて、頬に落ちる光を受けて、白磁のような肌があたたかみを帯びている。
陽光を浴びた淡い衣が、光を透かして柔らかに揺れる。
小さな白い花々が、軍師が座る草の間に咲き乱れていた。
目を細めながら、趙雲は思う。
(……軍師殿は、まるで天から遣わされた叡智を司る仙人のようだ)
うつくしい、人だ。
ふたりとも、同時に、そう思っていた。
ふたりとも、声には出さなかったけれど。
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