朝もやの中で、私は彼と対峙していた。
裏庭はまだうす暗く、二人の影だけがある。
木剣を握りしめると硬さと冷たさが手に染みた。
向き合う趙雲の顔は平素と変わらずに端正で穏やかであるが、木剣を構えるだけでも長身の体躯から武人としての気迫が湧きたって、一歩も二歩も下がってしまいそうだった。
「準備はよろしいですか、軍師殿」
趙雲が声をかけてくる。
眼差しはきびしく、それでいて優しさも込められている。
「ええ、いつでも」と返して、私は木剣を握り直した。
こちらをじっと見ていた趙雲が動いた。木剣が空気を切り裂き、私めがけて迫ってくる。
一撃を受け流すことだけに集中し、何とか、かろうじてその威力を弾き返して身を引いて、それからまた一歩前に出る。
もう一度剣がひゅうと風を切って迫った。今度は切り下げる動きだった。
反射的に木剣を振り上げ、必死にそれを受け止める。
趙雲の力には到底敵わずにあっさりと押し込まれ、腕が痺れた。
朝の冷気の中で早くも額に汗がにじんでくる。
十分に手加減をしてこうだから、当たり前だが本当に強い。
十分に手加減をしてこうだから、当たり前だが本当に強い。
これで彼の何分の、いや何十分の一の力であるのだろう。
うれしくて、私は笑った。
「なにか、面白いですか?」
「貴公が本当に強いのが、うれしい」
形ばかりの鍔迫り合いを切り、また剣を合わせた。
何とか踏みとどまり、彼に向けて木剣で打ちかかる。
綺麗に受け止められて、カン!と鳴る小気味よい音に高揚した。
幾度も打ち合わせていくうちに頭と身体がふっと軽くなる感覚がある。
彼にとっては朝の鍛錬の前準備にもならぬお遊び同様の剣技であろうが、私にとっては全身と全神経を使う高揚と緊張感をもたらしてくれる。
朝の静寂の中に木が合わさる音が幾度も響いた。
趙雲の眼差しは真剣で、私をまっすぐに見つめている。
私に怪我などさせないよう慎重に間合いを計っているのだろう。
もっとやり合いたかったが、これ以上やって手を痛めると困る。
私は下がり、剣をおろした。
「ご面倒をおかけした、趙将軍。お付き合いいただき感謝します」
拱手して礼をいうと、趙雲の目が細まった。
「構いません。軍師殿に敵の一太刀めだけでも躱していただけると、お命が繋がる可能性が高くなります」
「槍だと、もっと強いのでしょうね」
「長さがありますからね」
歩きながら会話を交わす時間も心地よいものだ。
私は、彼の目を覗きこんだ。
「なにか、軍師?」
「貴公の目が、好きなのだ。趙雲殿、あなたは揺るがない。私も強くなれそうな気がする」
「某も、貴方の目は好きです」
「え?そうなのか」
「ええ。賢くなりそうな気がします」
真面目な顔でいうので、笑ってしまった。
「あはは…!それは気のせいでは」
「ひどいな、軍師」
笑っていると、朝日が射した。
朝靄はもうすっかり晴れ、澄み渡った空に太陽が顔を出していた。
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