朝は晴天だったのに、昼過ぎからは雨になった。はげしく降り、雷まで鳴っている。
調練を中止した彼は、私の執務室にやってきた。更衣はきちんとしているのに、髪が湿っているのが気になった。暑さがまだまだ残るゆえ風邪を引くなんてことはないだろうけれど。
「昼ごろに雨になると、申し上げましたのに」
洗い立ての布を差し出しても、受け取らない。
「…趙雲殿。髪が濡れておりますので、拭いたほうが」
私が言うと、彼の優艶な瞳が細まった。
乞うような眼差しに、私は一拍の間を置いてから、布で彼の頭部を包み込んだ。金や地位、そういうものを何も欲しがらない人なのだと聞くのに、彼はときどきこういうひどく些細なことを望む。
「あなたは、雨が好きでしょう、軍師殿」
「ええ、昔から」
幼いころから嫌いではなかったと思うが、隆中にいたときははっきり好きだった。雨の日には農を休んで、雨にけぶる風景を眺めて書を読むのが楽しみだった。
「以前とは別の意味で、雨が好きになりそうで、困っています」
もう長く前線の地にいるとは思えない艶のあるきれいな髪を、毛先から拭いていった。なるべくていねいに。
「どうして、ですか、軍師殿」
「分かっておられるでしょうに。趙雲殿」
広間で宴会がはじまっている気配がしている。
雨で調練が中止になったので、昼間から飲むことになったのだろう。
「私も、雨が好きになりそうで。困っています」
「困ることはないでしょうに」
好きだろうと嫌いだろうと雨は降るのだ。
「雨で調練がなくなれば、あなたの傍にいられますから。――将として、誉められたことではないのですが」
ほんとうに困ったというように、彼は苦笑している。
私もまた、ほんとうに困ったというように眉を下げた。
「私もです。雨で調練がなくなれば、あなたが来てくださいますから。―――軍師として褒められたことではありませんね」
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