風が通るのは、窓が開いているからだ。静かな風が額をかすめる。
すこし、肌寒い。
あわい金色の月が、畏怖を感じるほど大きな夜だ。
孔明は肌掛けに頬を埋めた。
動物の毛を加工したその布はやわらかく暖かい。
床に敷かれているのも動物の毛を加工したものだ。
椅子にではなく、床に敷かれた敷物の上にじかに座っている。
漢の風俗ではないその習慣を、孔明は気に入りはじめていた。
斜めの向かいには同じように床にじかに座る男が、話している。
重要なことでも火急のことでもない。
戦のことではなく、政治のことでもなかった。
今日あったこと。今日見たもの。今日聞いた音。今日感じた風。
そういうことを、ぼつりぼつりと話す。
背中に羽織った肌掛けを孔明はすこし引っ張り上げる。
月明かりが室にやわらかさを与えている。
孔明はちいさく、あくびをした。
話していた男が、ふと動きを止める。
「孔明。聞いているのか?」
「聞いています」
即答に彼は、む、と顔をしかめる。
ふわりと風が動いた気がして顔を上げると、大柄な体躯がもう目の前にきていた。
顎に掛かる手も、大きい。
長い指は形は良いが節が太く、武人以外の何者にもならぬ手だ、と孔明はおもう。
そのままぐいと顔を上げさせられて、口づけられた。
口づけは長かったが、やがて離れた。
ふ、と息をついた彼はもう一度だけごく軽い接吻をし、すっと身体を動かして元にいた場所に戻った。
それからまた、彼はぼつりぼつりと話し出した。
今日あったことを。今日見たものを。今日聞いた音を。今日感じた風を。
孔明は肌掛けに頬を埋めて、目を閉じる。
話は、ちゃんと聞いていた。
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