「俺は、おまえのつめたい表情がすきではないな」
「へえ。そうですか」
「かといってわらった顔も、どうだかな。わらおうとしてわらっている冷笑など、見たくもない」
「見なければよいでしょう」
「分かった、見ない」
と言って、顔を近づけた。何をするいまは仕事中だこの慮外者などという罵言を聞きながら強引に引き寄せて口づける。
「怒った顔は、まあ、好きだな」
「・・・・あなた、」
「なんだ」
「・・・無遠慮にひとの領域を侵すのはやめなさい。わたしのなにを知っているというのです」
「殆どなにも知らないな。だが、おまえが冷たい表情を浮かべたくて浮かべているのではないことは知っているぞ。無表情も冷笑も、おまえの本質ではあるまい」
彼はすこし笑った。見事な冷笑だった。
「わたしの本質が、あなたに分かるとでも?」
俺はすこし黙って、「いいや。分からないな」と答える。
「分かるわけないでしょうね」と勝ち誇ったように彼が言う。
本当は、分かる、と答えようかとおもった。
閨で、夜ときどき、不安そうに人肌を求める。
夢の中で、なにかに怯えてすり寄ってくる。
意識のないときのおまえは、俺にすがってくることもあるものを。
多分、俺は不機嫌な顔になっている。睨みつけているように見えたのかもしれない。笑んでいた彼はふといぶかしげな表情をし、此の方を伺うように黙り込む。
仏頂面のまま、俺はおもむろに手の平で彼の口を押さえて拘束し、足で扉を蹴り開けて外に出、口笛で馬を呼んだ。
あっけに取られていたらしい彼が我に返って暴れ始めたが問答無用で馬上に引きずり上げる。
この国でもっとも多忙な軍師を拉致する先は決めていないが、どこに行こうが、思う様なじられるだろう。
それでもいいと、思うのだ。
うすぐらい執務の室でうすらわらっているよりは。
空の下で怒っているほうが、まだいいと、思うのだ。