(……)
馬超は眼を閉じたまま、そろりと手をうごかして、衝撃に痛む眉間をなぞった。
わざわざ急所をねらって攻撃してくることもなかろうにとおもう。
むろん、相手に攻撃の意志などある筈はないが…
もし隣で眠っている男が一片でも殺意をもっていれば…いいや殺意というほどではなくても、馬超を害そうという意志が少しでもあれば、馬超にはすぐにそれとわかるはずだ。
わからなくてはおかしい。
乱世という時代によって鍛え抜かれた感覚は、眠っているときでもけして安寧をむさぼっているわけではないのだから…
だから、もし隣の男がその攻撃をわざとやっているのだったら、瞬時に飛び起きていた筈だ。
わざとでないからこそ、馬超はその攻撃をまともにくらってしまう。
馬超は眼を閉じたまま、強烈な肘うちをくらってずきずき痛む眉間を揉みほぐしつつ、嘆息した。
(これほど外面の綺麗な男が、こうまで寝相が悪いというのはどうなのだ…)
馬超の室の寝台は広い。
長身の男ふたりで寝ても、いちおうのところ余裕があった。
しかしながら、そのどちらか…あるいはそのどちらともの寝相が悪い、となると大いなる問題である。
あいにく馬超は寝相が良いほうではなかった。
そして…同衾する軍師が輪をかけて寝汚い人物だったというのは、これはもう悲劇というしかないのだった。
馬超は眼を閉じたまま手を伸ばし、細い肩をさぐりあてて引き寄せた。漁師が網を引くように腕を掴んでたぐりよせ、向かいあわせになるかたちで抱きよせる。
奔放な寝相の軍師は腕をつっぱって嫌がるそぶりをみせ、それでも馬超がますますつよく抱き囲うとその体温にでも安堵したか、やがてことりとおとなしく寝はじめたのだった。
翌朝目覚めた軍師に馬超は、なんだってこんな窮屈な格好で寝ているのかこれじゃゆっくり眠れない…と文句を垂れられるのだが、馬超はあくびしながら面倒くさそうに、
「俺の安眠のためだ」とこたえた。