「馬岱殿・・」
しろい手が伸ばされ、馬岱の頬に触れた。
心が震えるのはただ慕わしいからだと諸葛亮は言った。まったくその通りに名を呼ばれるだけで震える心・・・・指先でそっと触れられると、身体の奥底まで震える気がした。
目を開けていられなくなって閉じると、手の甲のがわの指が、頬やまぶたや頤の線を辿っていく。癖のつよい髪をやわらかく撫でつけられて馬岱は目を開けた。
そのままゆっくり顔を下げていく。拒もう思えば十分に逃げられる間をとって落としていった唇は、避けられることもなく近づいていく。触れる寸前で視線を上げれば、諸葛亮は目を開けていた。触れるだけの口づけをすると、その目はすぅと閉じられた。馬岱も目を閉じて、唇を合わせる。
触れ合わせたままでいると、諸葛亮が身じろいだ。
「草が肌を刺すもので・・・・」
「・・・あーうん、そりゃそうだよねぇ」
折りしも初夏だ。草の葉はしゃきしゃきと勢いよく尖っている。
馬岱は身体を起こして上衣を脱ぎ捨てた。諸葛亮の二の腕を掴み、すこし引き上げる。
「・・・部屋に戻った方がいいのかもしれないけど、戻らない。もう、離したくない。・・・・あなた、消えてなくなりそうだし」
草の上に衣を敷き、起こした身体の背に手を廻して顔同士を近づける。
「・・・・・ねえ、諸葛亮殿。いいの?・・・これ以上やっちゃっても」
わずかに頷くのを確認し、馬岱は肺を吐き出すような大きな吐息をつき、腕を回して抱きしめた。
「諸葛亮殿・・・って、男だよね」
「まあ、・・・そうですね」
「あのさ、俺、・・・男とするの初めてなわけなんだけど」
噴きだすような感じで諸葛亮がすこし笑った。
「奇遇ですね。私もですよ」
「笑いごとじゃないと思うなぁ」
笑みを大きくした諸葛亮が、手を伸ばしてくる。
「では、私はここまででかまいません」
しろい手で髪を梳かれて、馬岱は息を止める。あわてて言った。
「いやだよ!絶対、するからね。覚悟してよ?諸葛亮殿」
諸葛亮の文官衣の上から、全身に手をすべらせる。
触れられるとは正直、あんまり考えていなかった。馬岱は基本的に、叶わない夢は見ない。
口づけをだんだん深くしながら身体を触れ合わせ、諸葛亮が自分の体温に慣れるのを待った。
唇が離れると、はあ、と諸葛亮が息を吐く。吐かれた息が潤んでいるのが扇情的で、身体の奥底がぞくりと疼いて、体温が上がる気がした。
文官衣の帯を緩めて、襟のあわせも乱して手をさしこむ。
ためらいがちに肌に触れて、馬岱は手を止めた。
諸葛亮の左の胸骨の上――――そこは脈を打っていた。鼓動はかなり、速い。
(あ~・・・・・・)
馬岱はなんだかとても驚いた。
「俺もいいかげんどきどきしてるけど、・・・諸葛亮殿も、だね」
「それは、まぁ・・・」
「―――生きてて良かったな、と今ちょっと思うよ。俺・・・あなたに会えて良かった。この先、必ず、守るから。なにがあっても、かならず守るよ」
諸葛亮は真顔になって、そしてすこし辛そうに眉を寄せて、それから微笑んだ。心に水が沁みこんでくるように。
「私も、あなたを守りますよ。―――あなたがあなたでいられるように」
馬岱は一瞬驚いた顔をし、そしてすこしだけ眉を寄せ、それから泣き笑いのような顔になって微笑んだ。
「うん」
引かれ合うように口づけて、それからは無言になった。
外であるので、衣を落とさずにゆっくりと身体をなぞり、確かめて。
気の遠くなるような時間をかけて、初めての身体を解していった。
涼夜であるのに馬岱は汗だくで、しろく体温がなさそうにも見える諸葛亮もうっすらと汗ばんでいて。
それからまたたいへんな時間をかけて繋がった。
土の上に寝かせるわけにはいかなくて、膝の上にすわらせたかたちで、背後から身体を合わせて抱きしめた。
馬岱の額から落ちた汗が、しろい膚におちて流れるのが妙に扇情的で。
馬岱もどくどくと派手な脈を打っていたが、背後から手のひらを這わせた諸葛亮の鼓動もものすごく速くなっていたのがなんともいえず嬉しかった。
「・・・諸葛・・亮・・殿、大丈夫?辛くない・・・?」
さすがに普段の冷静さをたもっていない諸葛亮が、うなづく。
「大丈夫・・ですから、岱・・どの」
馬岱が覚えているのは、ここまでだ。
それからのことはあまり記憶に残っていない。
ただ、熱い、思っていた。
繋がっているところも、触れている手も膚も。それ以上に心が。
とろけるように、熱かった。
怒涛の時が終わり、静寂が戻ってきてから、馬岱は諸葛亮のこめかみに口づけた。
「好きだよ・・・諸葛亮殿」
馬岱の予想では、きっと諸葛亮はまたすこし微笑んで「おや」とかなんとかいうのかと思った。
だが、おぼつかない手で衣を整えようとしていた諸葛亮はひどく驚いたように沈黙し、それから―――あろうことか、赤くなってうつむいた。
馬岱も絶句する。
夜目が利く馬岱は、見えてしまうのだ。なんともいいがたい表情も、染まった頬も。
諸葛亮が、意を決したように顔を上げた。
「・・・・・・・・・・・・私も・・・です。その・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・好き、です」
言ったきり、諸葛亮は向こうを向いてしまい、馬岱と目を合わせてくれない。
しばらくぼぅっとしていたが、徐々に衝撃から覚めた馬岱は、飛び上がるようにして背後から抱きついた。
「うん、諸葛亮殿・・・・・でも俺のほうが好きだから。安心していいよ」
なぜだか情交をするときよりもうろたえてしまった諸葛亮を抱きしめて、馬岱は彼に口づけた。