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YoruHika 三国志女性向けサイト 諸葛孔明偏愛主義
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朝から曇りはじめ、昼から雨になり、夕方にはさらりと晴れた。

夕暮れ時の丞相府には、多くの文官が一日の報告をしに詰めかける。
府内の奥室にしつらえた巨大な執務机から立ち上がり、官吏たちから書簡を受け取り、渡し、報告を受け、もたらされる情報に対する処理方法を穏やかにも立て板に水の怜悧さでやり取りする諸葛亮は、窓の外に烈しい馬蹄の響きを聞いた。

文官たちが「遠雷ですか、もう一雨くるのかな・・・・」とのんきにつぶやくのに対して、室の隅に控えていた護衛武官が、さっと諸葛亮の前に立つ。

「軍馬です。城の内庭を駆けるからにはお味方とは思いますが・・・・念のためお下がりください」

「軍馬が・・・?なんでしょう」
文官たちがざわついた。

敵襲だとは思わなかったので、諸葛亮は構えもせず、指示を出し続ける。
すこし疑問にはおもった。
庭は池もあり岩もあり木々が茂っている。いわば障害物だらけだ。それをこうも烈しく駆けることができるものだろうか・・・?

宮城から丞相府に続く回廊あたりで、馬は止まったようだった。
かわりにひどく狼狽した気配が廊下に広がる。
数十人もいる文官が、潮が引くかのように二手に分かれて道ができて、空白の道筋をたどって姿を現したのは、劉軍でもっとも新参の武将だった。

護衛武官も道を開け、畏怖を込めた拱手をとる。


扉を蹴破るほどの勢いで入ってきた長身は、礼をとる文官武官には目もくれず、一直線に歩を進めた。
「軍師殿・・・・!」

諸葛亮はすっと軽く頭を下げて礼を取った。
「・・・・・馬超殿、どう」
言いたいことは多々あった。丞相府の前庭に馬を入れたことに文句も言いたかったし、なにか急いでいるようだが何の用かも問わねばならなかった。
しかしどれも言えないまま、いきなり両肩を掴まれた。
並み居る文官たちが凍りつく。

「一緒に来てくれ!・・・・・いや、来ていただきたい。・・・・頼む」

息がかかるほど至近でうなるように叫ばれて、諸葛亮は二度ほど瞬いた。
西涼の漢とは許しを得ず人の身体に触れるという風習を持っているのだろうか、と思う。

この人の従弟も、初対面でいきなり触れてきたのだ、なんの気負いもなく身体に、そして・・・・心にも。

「どちらに?」
「邸だ―――寝かしつけてきたが、起きだしておるかもしれん」
「・・・・・・」

意味不明だ。
諸葛亮は目を伏せ、そして上げて文官たちに一礼した。
絶滅危惧種のパンダを見るようであった文官たちが目を覚ましたように、ぎくしゃくと答礼し、書簡を抱えておずおずと退室していった。

「・・・茶でも喫されますか、馬超殿。事情をお伺いしましょう。それとも、それも待てませんか?」
「う・・・・いや、いただこう」

この人と従弟は、あまり似ていない。見かけも、おそらく性情も。
だと思うのに、諸葛亮の肩から手を放した西の将は、
「・・・細いな。ちゃんと食っておるのか、軍師殿」
と、従弟とまったく同じことを言った。


諸葛亮は鼎に水を注ぎ、炭を熾し、茶葉を用意した。
湯が沸き立ち、あたりを湿しながらたちのぼる湯気の合間を縫うように、指先で茶葉を練りながら湯に投入する。
茶匙は使わない。指先で茶葉の乾きを確かめるほうが好きなのだ―――。

煮えた茶を柄杓で掬い、振り返ると、将はぽかんとしていた。

「・・・・いかがなさいました?」

不審におもい声をかけると、将はさっと顔をつくろうも、なぜだか赤くなった。

「い、いや。驚いた。あまりにうるわしいので、・・・・」

「・・・それはどうもありがとうございます」

茶はちかごろになって流行りはじめたもので、作法を身につけているものは少ない。
酒よりもむしろ好きで、凝り性なのもあって茶にはかなり嵌まっている。所作を誉められることもあるが、ここまであからさまに言われると、面映い。
世辞とは無縁の人だと分かるだけに、余計に。


釉薬のうつくしい茶碗に茶を注ぎ、向かい合う。
「それで、いかがなさいました」
「ああ、岱がな、――――」
「、――――・・・・」
数瞬、手を止めた諸葛亮に気づかず、言いにくそうに馬超が言う。

「馬から・・・・・落ちてな」

ほんとうに気まずそうに言われても、ぴんとこなかった。
将が怪我を負ったのなら、必ず諸葛亮のところに知らせがくるが、そんなことは聞いていない。

「落馬・・・なさった、と・・・?それは、・・・・お怪我は?」

「ない。あるものか!しかし――岱が馬から落ちるなど、ありえん。へらへら笑っておったが、なにか病でも得たのではないかと――」

口をへの字に結び、渋面をつくる将に、諸葛亮はだまって茶のお代わりを注いだ。

 

「医師には見せたのですか」

「ああ。岱は嫌がったがな」

「医師の見立てはいかがだったのです」

「特にはなにも。すこし疲れがたまっておるのではないですか、しばらく静養なさったら、なぞとぬかした」

諸葛亮は立ち上がった。

「話を聞いていても、よく分かりせん。参りましょうか。案内をしていただけますか」

馬超も椅子を蹴立てて立ち上がった。

「無論だ、軍師殿。来てくださるとは有難い。すぐに参ろう!」


馬の用意を申し付けようとした諸葛亮は、肩を抱かれて口をつぐんだ。
馬超はうやうやしく、それでいて強引に諸葛亮を回廊の端まで導くと、そこにいた自分の馬に放り上げ、すぐに自らも飛び乗って手綱を取った。

「・・・馬超殿、側仕えの者に出かけると伝えなければ、・・・」

言いかけて諸葛亮は口を閉じた。
ごく無造作に馬は全力で走り出していた。黙らなければ舌を噛むほどの勢いで。

 

 

 


馬岱は自邸の寝台でごろごろしていた。

「若ってば、心配し過ぎなんだよね~~」

馬から落ちた。
ふぅ・・・と身体から力が抜けて、気が付くとべしゃっと落ちていた。

受身も取らなかったから頭から地面に突っ込んだのだが、頭を強打するなんてこともなかったし、怪我もしてない。

馬超にとっては西涼の男ともあろうものが・・!と驚天動地の大事件なのだが、馬岱にとってはなんてことない。へっちゃらだ。

ただ馬超にとっては馬岱が落馬するなんて、それも止まった馬から落ちるなんて、すわ重病かと大騒ぎだったのだ。
自邸に強制送還され、寝台に寝かしつけられ医者が呼ばれ―――あげく絶対安静を言い渡された。
「寝ておれよ。起きだしたら、ただではおかん」と本気の形相ですごまれたので、仕方なく寝ているのだが――

あ~~たいくつ~――――って、あ。若だ。

がばっと身体を起こした馬岱は、「あ、俺寝てなきゃいけないんだったっけ」とぼやいて、ぼふっと寝台に沈む。

怒涛のような、雷鳴のような力強い馬蹄の響き、馬超にしか出せない音が、近づいてくる。
起きたら怒られるから寝たふりしてよ、いやまて、馬超はやけに急いでいる。
馬岱を心配して、馬を飛ばして帰ってきたのかもしれない。
とすれば、「若、俺、もう大丈夫だよ~~」とか言って手を振ってみるか。

門で馬がいなないたかと思うと、ドカドカと足音が一直線に馬岱の部屋にやってきた。

「おかえり、若~~、俺もう大丈夫だ、よ・・・・え・・・・」

ふざけた笑みとともにひらひらと振られていた馬岱の手が、ぴたりと止まる。
馬超は1人ではなかった。高雅な白衣の長身の人は、部屋に入ると立ってるのも辛いとばかりにふらふらとよろめき、「う」とうめいて口を押さえた。

「若ぁ・・・・!何してんの、この国でいちばん忙しい諸葛亮殿がなんでここにいるの・・・!?」

「な、何を言うか、無理に連れてきたわけではないわ」

「じゃあなんで諸葛亮殿、こんなによれよれになってるの」

「お、俺は何も。いつもの通り、・・・いや、いつもより少し馬を駆けさせたかもしれぬが」

「若の普通は普通じゃないんだよ。いいからさ、若、家宰に言いつけてなんか食べ物と飲み物用意させてきて!俺も食べるから、3人分ね!」

「わ、分かった」

脱兎のごとく出て行く馬超を見送って、馬岱はばたんと寝台に倒れた。
怒鳴ったからか、ちょっとくらくらする。
仰向けに転がって目の上に手のひらを当てた。

「・・・ごめんね、諸葛亮殿。若が強引に連れてきちゃったんでしょ」

「無理やり・・・ではありませんが。馬があれほど速く走るものだとは・・・知りませんでしたね」

「・・・・・もしかして、若、諸葛亮殿を自分の馬に乗せたの?」

「はい」

「そう・・・・・・・・・・・」

馬岱は目を開いた。

「ふうん・・・・・そっか」

「鏡を借りてよろしいですか」

「うん、もちろん」

諸葛亮が馬岱の寝ている寝台の脇を通り過ぎたとき、その歩みが起こす風が、馬岱の前髪を揺らした。
乱れた髪を直す諸葛亮の後姿を、寝転がったまま馬岱は見ていた。
自分の部屋で髪を直す人を、寝台から見ているのは少し奇妙な感覚だった。

まるで、情事のあとみたいだ―――・・・

普段は自分がうつるだけの鏡。外に出る前、帽子をかぶる数秒間だけ馬岱はその鏡に自分を写す。


馬岱は目を閉じる。しなやかな気配が寝台に近づいた。

「具合は、いかがですか」

「若は、なんて言ってあなたを連れてきたの」

「落馬したので、重病だと」

「若ってば何でそんなかっこ悪いことばらすかなぁ」

馬岱が手の動きで椅子を勧めると、諸葛亮は白衣をさらりと揺らしてそこに座った。


「病の気配は、ないのですか」

「うん、全然。ちょっとぼーーとしてたら落ちてただけ。怪我もしてないよ」

「なにか気にかかることでも?」

「ないない。逆だよ」

「逆、といいますと?」

「ん―――・・・・別に」

馬岱は目を開けて、また閉じて、開けて、天井を見ながら言った。

「なんかさ・・・・蜀って居心地が良くて。気が抜けるんだよね・・・」

「おや」

低く、諸葛亮が笑った。
心に沁みるような静かな笑みだ。馬岱はらしくなく、つきりと胸が痛くなる。

「―――ねえ諸葛亮殿、若を、お願い」

「・・・・・・」

諸葛亮が黙ってしまった。

「あなたの望みは、ないのですか・・・・?」

「だから、それが俺の望み。若を宜しく。若は劉備殿と蜀に、正義を預けることに決めた。若は絶対に裏切らない。・・・蜀と魏が手を結ぶなんて事にならない限りね」

諸葛亮は息を吸い込み、2、3秒目を閉じた。
ゆっくり目を開けると、寂しげな声で言った。

「その望み、叶えましょう・・・。私の名にかけてお誓いいたします。馬超殿の蜀での地位、処遇・・・その全てを古参の将となんら変わることなく、いえ、それ以上に取り計らいます」

「――――うん、ありがとう、諸葛亮殿!」

にこりと笑った馬岱が布団を蹴っ飛ばして起き上がった。
そのさまを諸葛亮はじっと見ている。

そこに馬超が戻ってきた。

「岱っ!起きるな、こら!」

「若ぁ、もう治ったって。ほら医者だって病じゃないって言ってたしね。ねえ、ごはん食べようよ、夕飯までまだかかりそう?」

「いや、すぐできるそうだが・・・しかし、西の料理だぞ、俺たちがいつも食っているものだからな」

ちらりと気がかりそうに馬超は諸葛亮に目をやったが、馬岱は従兄の背を叩いて笑った。

「いいんじゃない、西涼料理、諸葛亮殿に食べてもらおう。気に入るかもしれないし、駄目でも珍しいから話のタネになるでしょ、ね、諸葛亮殿」

「うむ――、よろしいか、軍師殿」

馬超と馬岱が振り向くと、諸葛亮は聞いていなかったらしく、視線を斜め下に向けて何事か考えていた。
馬超は戸惑うが、馬岱は大きく笑う。

「ねえ、諸葛亮殿。どう、食べてみたいでしょ、本場の西涼料理」

諸葛亮は静かに視線を上げると、かすかに頷いた。

「じゃあ、食堂に行こう。大丈夫、きっと気に入るからさ。俺、四川料理のほうが駄目だったよ。普段好き嫌いはあんまりないんだけどね、あの辛さはちょっとびっくりしたなぁ」

「ああ、あれはひどいな」


にぎやかに出て行くのに取り残されていると、戻ってきたのは馬超だった。
「軍師殿――?」

目を上げると、目尻の切れ上がった精悍な顔が、面映そうに笑んでいた。

「礼を言う。岱が元気になったようだ。何か言ってくださったのだろう」

「いえ――・・・・」

「ゆっくりしていかれよ。酒も用意させておるゆえ」

「・・・・はい。ありがとうございます」

広い背について、室を出ると、もうひとつの背はとうにいなくなっていた。

回廊の先から、料理の匂いが漂ってくる。肉が主体なのだろうか、嗅ぎなれない匂いも混じっていたが、総じて良い匂いだと思えた。
そちらに向かって歩を進めかけて、諸葛亮は立ち止まった。
空に向かってつぶやく。

 


・・・・・・あなた自身の望みは、・・・ないのですか・・・?


 

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