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YoruHika 三国志女性向けサイト 諸葛孔明偏愛主義
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夜半過ぎ。
ぶらりと諸葛亮の執務室に足を踏み入れた法正は、片方の眉を上げて口端を上げた。
「なんですか、これ」
諸葛亮はいつものように椅子に座って書き物をしていたが、座敷のほうには若者が二人、ぐーすか寝ていた。
一人は春霞の中で咲く桜花のようにふんわりとした美貌の御子で、もう片方は凛々しく整ったこれまたひどく美形なクソガキである。
「先ほどまでふたりで勉強しておりましたので。疲れてしまったのでしょう」
「なるほど・・子どもは寝る時間だ」
くつくつと法正は笑った。
勉強とはいってもおそらく阿斗君――いや今は劉禅様と申し上げるのだ――は、のらりくらりと雲を掴むようなへんてこな質問を繰り返し、姜維は突拍子もない劉禅の疑問にいちいち真剣に頭を悩ませてひとつひとつに答えたのだろう。

劉禅付きの衛兵や侍者がやってきて、諸葛亮と法正に丁重な礼をとりつつ、劉禅をやさしく起こした。劉禅は目をこすりながらゆめうつつに出て行く。
蝋燭が燃える音が聞こえるくらいに静かになった。
夜更けだというのに諸葛亮は端整なたたずまいで、整えられた衣冠に乱れもない。
法正が持参した竹簡を広げて、目を通している。
可とも不可とも反応が無いのはいつものことだ。相容れない性分が不快で反発し、互いの才知を疑り探り合う時期はとうに過ぎていた。今では自分と同等以上の才知と能力を有して成果を出す相手だと、認め合っている。

「執務をしながら酒を?」
「ああ、匂いますか」
暇なので立ったまま卓に置かれた龍の置き物を指先でたどっていた法正は、非難するつもりか、相変わらずお堅いことで、と笑みを浮かべて目線を下げると、座っていて目を上げている諸葛亮と視線が交わった。
表情は静まり返っている。常と変わらず。しかしながら、瞳の奥に法正の身を心配する色が見え、虚を突かれて法正は一瞬黙り、肩をすくめた。
「たしなむ程度、ですよ。冷えてきましたのでね、身体をあたためようと思いまして」
どうして俺がこんな、弁解するようなことを。
冷える夜に、温めた酒を飲んだくらいのことで。

わずかにうろたえた法正は、照れ隠しに髪を掻き揚げた。
「人の事を非難する前に、諸葛亮殿。あなたももう休むことですね」
返答はなかったが、法正の書いた竹簡を見分し終わった諸葛亮は、竹簡や筆を几帳面な仕草で片付け、席を立った。
ごろ寝をしている若い将に、あたたかそうな毛織布を掛けてやっている。
「その坊やを、ずいぶんとお気に入りだ」
「・・・失わせたものが大きいですので。与えられるものは与えたいのです」
「ふふん」
若者にそそぐ静かな眼差しが何とも気に障った法正は鼻を鳴らした。
立ち上がった白衣の細腰に背後から手を回す。
寝ている子どもなど、放っておけばいいのだ。
「俺と、大人の時間を過ごしませんか」
耳に吹き込むように、声を低めてささやく。
「ねえ、諸葛亮殿。俺の室にきませんか。楽しませて差し上げますよ?」

「・・・はやく眠りたいのですが」
つれない文言をつぶやきながらも痩身は特には逆らわなかった。
よりいっそう深く抱きこみ、向かい合う形にかえようとした時。
ううん、とかすれたうめきが上がった。
濃い樹木の色の髪が揺れて、若い女がきゃあきゃあと騒ぐ整った容貌の眉間にしわが寄る。
痩身がするりと腕から出て行き、青年の傍にかがみこんだ。

不敵な面がまえをした青年だが、魏からの降将である彼へと風当たりは強い。気丈にふるまってはいるが。
諸葛亮はうなされる若者に手をのばしはしなかった。身体のどこかを撫でてやることも、手を握ることも、声を掛けることもしない。黒い眸をわずかに細め、静やかな眼差しをそそぐだけだ。
だがどうにも自分の元には戻りそうもない。
舌打ちを噛み殺した法正は、来た時と同様にぶらりとその部屋を出て、扉を閉めた。

与えられるものは与えたいのです・・・か。
あの坊やはそのうち、あなたのすべてを欲しがるだろう。
どうするんですか、諸葛亮殿。

容易に答えを思いついて、法正は口端を歪めた。
ああ、きっとあなたは、与えるんだろうな。






 
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