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YoruHika 三国志女性向けサイト 諸葛孔明偏愛主義
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「勝ったとはいえ、ひどい戦であったそうだな」
「火計だったのだろう?戦場はそれはもう悲惨な有様だった、と」
「火計が、お得意であるよな。わが軍の軍師殿は」
「冷たそうなお顔立ちをなさっておられるものなあ。人を焼き尽くすという、むごたらしい策を好まれる」
「人の心など、持ってはいないのではあるまいか」


「な、っ」
官僚たちのささやき声を耳に入れて、劉備が拳を握り締めた。
顔を怒りに染めて足を踏み出そうとするのを、横に立つ諸葛亮は眉一つ動かさずに、目線で制した。
「なりません。我が君」
「しかし」
火計の策は、諸葛亮が出した。悲惨な戦になるだろうことは、承知していた。
策だけ出して成都で待機していたこともまた、非難の的になるだろうことも分かっていたことだ。
「出陣していた諸将らが帰還したのです。勝ち戦であったのですから、どうか晴れやかなお顔で出迎えて差し上げてください」



その居室は、宮城から兵舎へと続く道に点在する建物の一角にある。
高位の将の中でも破格に広いそこは、無人だった。
室内には重々しい大鎧からこまごまとした手甲・腕当ての類から錦帯錦袍までが脱ぎ捨てられている。主の許しも得ぬままに立ち入った諸葛亮はかがみこみ、無造作に置かれた武装具の、無数についた細かな傷を指でたどる。鋼鉄製の肩当てに、大きな亀裂が走っていた。

「―――・・・・・」
気配を感じて振り向くと、奥の浴室から馬超が出てきたところだった。濡れた髪を布で押さえ、一枚しかまとっていない薄着からも水がしたたっている。
勝手に入った諸葛亮を咎めることもなく無言で通り過ぎると、居室の奥で濡れた薄着を無造作に脱ぎ捨て、寝台の脇に整えられていた衣を身につけていく。
単衣をまとい帯を締め、表袍を手に取ったが着ようとはせず、衣箱に投げ捨て、寝台に腰をおろし、そして息を吐いた。


「なかなかに大変な戦であった」
彼の一連の動きを、静かにたたずんで見守っていた諸葛亮は、肩で息をついた。 
馬超はずっと無言でいる気かと思っていた。諸葛亮の存在など、無視するかと思ってもいた。
「そうですか」
彼が何を口にしようとどうでも良かった。口を開いたことが重要だった。

「悲惨ではない戦場などありえぬ。・・・が、あれはな」
馬超があごの下で両手を組み、身体を丸めるようにする。いまだ湿ったままの淡色の髪が白皙の額を覆い、その表情を隠した。
  
諸葛亮には彼が無言でいるよりは、無言でないほうがずっと良かった。馬超が無言ではないことに、口を開いたことに、戦に対する感慨を吐いたことに、諸葛亮は安堵した。

「若ぁ~~~また拭かずに濡れたまま出てって、もぅ・・・って、あれ、諸葛亮殿?」
浴室のあるほうから馬岱がひょいと顔をのぞかせる。
短い単衣をまとっただけの姿で、風呂上がりであるのが歴然と分かる、ほかほかと湯気がたっているような有様だった。
「来てたんだね。忙しいんじゃないの。何か、用でもあった?」
戦後処理で忙しいのは本当だ。用は、別にない。諸葛亮は話題を変えた。
「怪我をしているのではないですか?馬超殿は」
「かすり傷だ」
馬岱のほうに向いて問うたのだが、返答は本人からあった。
「左の肩ですね」
「よくお分かりだな」
「肩当てが割れていましたので―――見ても宜しいですか」 
肩をすくめた馬超は、今しがた着たばかりの衣を肌蹴る。諸葛亮は傷を見下ろした。
「これが、かすり傷ですか?馬超殿」
「かすり傷だ――もうふさがりかけている。軍師殿手製の薬とやらを、岱が塗りたくったのだ」
「おとなしく塗らせたのですか。色も妙な上に鼻が曲がりそうな匂いだと、諸将には不人気なのですが」
「匂いは感じなかったな」
 ―――別の、酷い匂いがしていたからな・・・。
 
馬超がくっと笑みをもらす。
嫌な笑みではなかった。
「なかなか嫌な戦であったぞ、軍師殿。だがな、そのせいかどうか」
「・・・はい」
諸葛亮は、すこし身をかがめる。後ろを通り過ぎた馬岱が、「はい、若ぁ。ちゃんと拭いてくださいねぇ」と言いながら、馬超の頭に布をかぶせていった。
片手で布を押さえ、豪奢な雰囲気のある白金色の髪からしたたる雫をぬぐいながら、馬超は淡い金色の瞳で諸葛亮を見上げ、片頬だけで笑んだ。
「なんだかな、俺は蜀に帰還した折、はじめて、帰ってきたな、と思ったのだ」
「――――・・・・・」
諸葛亮は目を閉じて、しばらく閉じていた。胸が、熱かった。

髪からしたたる雫を雑にぬぐいとった馬超は、緩慢な仕草で寝台に横たわった。
「すまぬが、すこし、眠る。・・・・・軍師殿、貴殿の薬は、よく効いた・・かたじけ・・・ない」
すぅ、と息を吸う音。それはしばらくして寝息に変わった。

「あ、若。寝ちゃったぁ?無理してたからねえ」
この上もない宝を見守るように目を細めて、馬岱は、糸が切れたように寝入った偉丈夫の体躯に、ぼふんと布団をかけた。
寝台脇の垂れ布をしずかに引いて、静寂がみちた居室をふたりで出る。
隣が馬岱の室だ。馬岱の居室には風呂がないので馬超の部屋で入っているし、それでなくともこの従兄弟同士の間には遠慮がなく、お互いの部屋の区別はあまりない。

「それほど酷い戦であったのですね」
「酷くない戦はないからね」
間髪入れずに返答があった。なんの気負いもない声音で、馬岱はいつもの飄々とした笑みを浮かべていた。
「諸葛亮殿が悪いんじゃないよ?少ない兵で大軍に勝つ方法なんて、そうそうあるもんじゃないからねえ」
「ええ。悔いはありません」
敵であろうとも、人を燃やし、山野を燃やし尽くした。
それでも。
かけがいのない人たちを生かす為ならば。
どれほどむごい卑劣な策であろうとも、勝機のある方を選ぶことに、迷いはなく悔いはない。

「あなたが、帰ってきてくださって良かった」
「ただいま、諸葛亮殿」
その居室にいたのは、ほんのわずかな間だった。諸葛亮には山積みの職務があり、それに戦後処理と次の戦の用意がある。
「では、これで」
顔が見られて、よかった。
「うん」
別れ際に、馬岱は自分の部屋を指さして言った。
「がんばってねえ、諸葛亮殿。執務が終わったら、今日はここに 帰ってきて ・・・・・
俺たちはあなたのところに帰ってくるんだから。あなたは俺のところに帰って来なさいねぇ。
諸葛亮はまっすぐに前を向いて、答えた。
「はい」



 
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