今日の天気は、どうだろう。
髪をくしけずる人の後ろ姿を眺めて、姜維は寝台の上でゆっくりと身体を起こした。
かの御方は、視察に赴くのだという。遠方、山間の小村へと。
曇りであればよいな、とおもう。
残暑の厳しい時候だ。日差しのきつさと暑さの中で山を越えるのは難儀されよう。曇り空ならば、御身体がすこしは楽であろう。
髪が整い、白緑の衣装をまとったのを見ていると、ふと、雨にならないものかと想念が湧いた。
大ぶりの雨になれば、視察は取りやめになる。そうすれば今少し、共にいられる‥‥寝台の中へ、わが腕の中に戻ってきて、いただけるかも‥‥
早朝の出立に配慮して、夕べはおとなしく眠りについた。
その埋め合わせを、――‥…
髪と白緑の衣装がなかば整ったあたりで、未練を振り切り身なりを正した姜維は、室を辞した。
「道中、お気をつけて。丞相」
「ええ」
自室に戻り、鍛錬用の武装束を整えたところに、伝令の兵が飛び込んできた。
「申し上げます!本日の調練は、中止とあいなりました!劉備様に来客があり、主な武将方で宴を催されるとのこと」
「承知した。ご苦労」
伝令が背を向けるやいなや姜維は佩刀し、外套を引っ掴んで走り出した。
「丞相!!」
あと一歩で、外へと続く扉に到着するという人の姿をとらえた。
「丞相!本日の調練は中止とのこと。視察に、お供いたします!」
「そうですか」
晴れが、よい。
涼やかな秋の空であればよい。
秋の風景、秋の風物について教えを乞うふりをして、お声が聞ける。
かの人の前に立ち、扉を取っ手に手を掛ける。
扉を開くのは、目下の者の役目だ。扉の向こう側に、曲者がひそんでいるかもしれない。
白衣の賢人を背にかばって前に立ち、扉を、押し開けた。
早朝の薄い光が、開いた隙間からこぼれ出る。
「丞相。参りましょう」
かの人の肩を抱くようにして、外へと。
空を見上げて、気づいた。
ああ、天気なんて、どうでもいいのだ。
曇りでも、雨でも、晴れでも。
あなたの傍にいられるのならば。
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