「ああ、暑い。身体の芯から熱い。なのに背筋はぞくぞくと寒いのだ」
「発熱しておいでですから」
「寒いと思うのに汗は止まらぬ。ああ、暑い。熱い。しかし寒い」
「さ、薬湯を」
「う・・む、すまぬな、孔明よ」
「なにを仰せになられるのです、主公。代わって差し上げたいくらいです」
「ばかもの。代わって、何とするか。おぬしが倒れると皆が困ろう」
「主公こそが、われらの要にございます。‥‥すこし、お眠りになられると宜しいのですが」
「眠りたいのだが、こう暑くてはなぁ‥‥暑いのに、寒い…せめて汗が引けば」
堂々巡りだ。
夏風邪をひいた劉備の枕辺に、諸葛亮は詰めていた。
「人恋しい」とねだられたから。
熱があるのに寒い、いや、熱があるから寒いのだろうか?とにかく風邪とはそういうものだ。
しかもくっそ暑い夏場のこと、暑さと悪寒と汗の不快さゆえに寝入ることもできず、劉備の機嫌は悪く、どうにも人恋しく、ぐずぐずぐだぐだと、諸葛亮を引き留めていた。
「汗をお拭きいたしましょう」
「え、いや、うむ」
美貌の寵臣の申し出に、照れたようにうろたえる劉備。
「俺が、やりましょうか?」
「お、趙雲」
新たに現れた美丈夫に劉備がうれしげな声を上げた。人好きな劉備は、具合が悪くっても家臣たちがやってくるのは嬉しい。
「軍師。そろそろ戻られよ」
趙雲は、井戸からくんだばかりの冷たい水に、布をひたして絞った。
「主公がおさびしいようですので。それに、新作の薬湯の効果も確かめたいのです」
うんうん、わしはさびしいぞ。
って、新作の薬湯の効果、わしの身体で試したのか?
ちょっと微妙な気になる劉備。もちろん諸葛亮の調薬は信じているが、この寵臣は普段はおっとりしているくせに、時にびっくりするくらい過激だったりするのだ。
「風邪がうつったら、どうするのです」
「将軍こそ」
「俺は、平気です」
「私だって平気ですよ。ほら、熱なんて、無いでしょう?」
こつ、と額を触れ合わせる。
距離感の親密さに、うひゃーとなる劉備。
「たしかに、いまは大丈夫そうだ」
「昔から風邪って引かないんですよね。均はたまに寝込んでいましたが」
「均・・?弟君ですか」
「ええ」
「似ておられるのか、あなたに」
「気性も容姿も、あまり」
「はは」
めずらしく趙雲が頬をゆるめた。
「似ていなくて、結構」
「なぜ?」
「あなたみたいなのが二人もいたら、たいへんだ」
「ひどい言われようです」
頬をゆるめた趙雲と対照的にふてくされる諸葛亮。
えっと。
ちなみに上の会話は、劉備の汗を拭きながらのことである。手際よく拭かれながらかくも軽やかな会話をされると、なんかこう。
かいがいしい若夫婦に介護されてるみたいじゃないか、わし・・!?
たいへん微妙な気分におちいる劉備。
「もう、寝る。おまえらもう行け」
「おや、眠気が?ようございました」
諸葛亮はやさしく布団を掛け、趙雲は枕辺に水差しや布を整え、
「どうぞご静養を、主公」
それぞれに几帳面な拱手をして、退室していった。
「ふふふ、新作の薬の効き目は抜群のようですね」
「なにを入れたんだか・・主公は頑丈ですが、年も年です。あまり過激なものは」
「ふふ、葛に麻黄に・・原料はふつうですが、製法にひみつがありまして。効果てきめんですよ。眠れないとあれほどぐずついておられた主公が、あっさりと寝たのですから」
寝たんじゃない。おまえらが仲良しすぎて当てられたんだ。
人恋しいわしが出ていけと言うなんて。たいがいであるぞ。
趙雲、年も年って。覚えておけ。
しかし、身体が軽くなったのは確かだ。
ていねいに清拭されたので汗も引き、さっぱりしている。
寝るか。
関羽、張飛、はよう帰ってまいれ。
野外の長期調練に出ている義兄弟におもいをはせ、劉備は目を閉じた。
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