乱世といえど、成都は戦禍にあっていないから、庭園はそれなりに整えられている。
姜維は庭の景観に興味はない。そこに生えている植物にも、まったく関心はない。
それでいて、毎日のように庭園を歩く。
薄(すすき)が秋風に揺れている。赤い萩がこうべを垂れ、白い小菊が草むらに群れ咲き、薄紫の紫苑と黄色の石蕗が咲きはじめている。
草にも花にも樹木にも関心のない姜維は興味のない目でそれらをひととおり検分し、足をとめた。
黄金色の花をつけた樹木。かんばしい香りがあたりに漂う。
樹木をしばらく見詰め、無言のままに小刀を抜いた。
慎重に、一枝を斬りとる。
さくりと下草を踏んで、引き返した。
益州の中枢たる宮城に付随する白い建物にたどりついて、そこに仕える者に花枝をたくす。
「丞相の居室へ」
一拍をおいて、付け足す。
「ご寝所の、枕辺に」
かしこまりました、と侍者はうやうやしく受け取って、奥へと消えた。
翌日、執務の補佐をしていると、想い人が書簡からふと目を上げた。
「昨夜の木犀は、良い香りがして。よく眠れた気がします」
「・・・そうですか」
「いつも花を届けてくれて、ありがとう。貴方はやさしいですね」
冠につけた房飾りが揺れるのを目で追って、小さく否定する。
「いいえ」
いいえ。やさしさではありません、丞相。
あなたの安眠を誘えたのは、うれしい。
「いいえ」
いいえ。やさしさではありません、丞相。
あなたの安眠を誘えたのは、うれしい。
あなたの御心をやわらげることができたのも。
でも、丞相。それだけではない。
わたしは、あなたがいる空間に、わたしがいないことが耐えられないのです。
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