「あなたが傍にいると微行になりませんね」
伴をして市を歩いていた時のことだ。
護衛として付くという覚悟であるので武装していた。私用の外出というので密かなものである。表袍の下に帷子をまとい、袖に隠して手甲をつけていた。腰に剣を帯びているので、武官であることは誤魔化しようがない
「あなたを危険な目にあわすわけには参りません」
武装は致し方ない事です、と強く言い切ると、軽やかに歩を進めるままに、顔だけをちらりと此の方に向けた。
「そういう意味ではありません。分かりませんか、とても目立っているのです。ことに若い娘たちが、あなたを見ておりまして・・・」
意味ありげな笑み、・・しかしどういう意味が含まれているのか解せない。
「剣を下げておりますから、怯えているのでしょうか」
武器を持たぬ者を怯えさせるのは本意ではない。
だが、それよりも丞相の身の安全のほうが、大事だ。
国とっても、わたしにとっても。
だが、それよりも丞相の身の安全のほうが、大事だ。
国とっても、わたしにとっても。
くすりと笑われて、目をみはった。
「なにがおかしいのですか」
「さあ、・・・」
はぐらかされて困惑する。それに、思わぬほど顔が近付いていて、胸が苦しくなる。
「丞相・・」
ひそめた小さな声で呼ぶと、ないしょ話をするような様子でこっそりと彼は言う。
「貴方の容姿がたいそう良いから・・・姜維」
なにを言われたのか、とっさに理解できなかった。
わたしの容姿は整っている、らしい。さんざん言われてきたことだ。
しかしこの方に言われるのは、これまでとわけが違う。
この御方にとって、わたしの容姿は価値をもつものなのだろうか。
少しでも好もしいと、おもってくださっているのだろうか。
一瞬気を取られて、清雅な姿を見失ってしまう。
ざわざわと活気のある市場のざわめき、商店にあつまる人の群れ。
「丞、」
口をつぐむ。大声で呼んでしまえばそれこそ微行はだいなしになる。
行き交う人々の群れの中で声がつまった。
なんたることだ。
私情にかまけて護るべき方を見失うなんて。
露店にたかる人ごみの中にふと浮かび上がる慕わしい姿を見付けたときは心の底から安堵した。
身の程をわきまえぬ無礼を承知で二の腕を掴み、声を荒げた。
「どこにも行かないでください」
わたしを置いて、どこにも行かないで下さい。
「・・姜維」
迷子のわらわのような顔をするでない、と。かの人は忍び笑い、わたしの眉間にふかぶかと刻まれたしわを、なだめるように撫でた。
(また子どものような扱いを)
困ったような表情。ぐずる子どもの扱いに困ったような顔に、心中が荒れ狂う。
わたしが物申すまえに、彼は名案を思い付いたというような表情になった。
「後ろを付いてくるから、見失うのです。隣を歩きなさい。姜維」
「え、――」
炎が燃え盛るように荒れていた胸中が、すぅっと鎮火する。
隣を、歩く。この御方の・・?
わたしの逡巡を蹴り飛ばすように丞相は、わたしの手首を掴み、歩き出す。
それこそ、子どものような扱いであったけれど、文句を言う事もできずに。
屋台で売っている名物だという食べものの話を聞きながら。
顔が赤くなるのを止められなかった。
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