冬の明け方特有の、しんと冷えた空気が居室を満たしている。
だというのに異常なほどあたたかいのは、毛皮でつくられた上掛けと共寝する相手の体躯のせい。
「雪だねえ」
吐息だけでつぶやいた相手の目が開いているのかどうか分からない。
けれど、また起こしてしまった、と思う。身じろぎすらしていなくても、馬岱は諸葛亮が目を覚ますと必ず起きる。
けれど、また起こしてしまった、と思う。身じろぎすらしていなくても、馬岱は諸葛亮が目を覚ますと必ず起きる。
『私と共寝していては、気が休まりませんか・・?』
問うたことがある。以前に。
『いいや全然。どっちかというと、共寝してない時の方が、気が休まらないよ』
『え?』
『って、こともないかな。俺にも分からないなあ。でも諸葛亮殿の手足って異様につめたいからなあ。あたためてあげたいと、思うことはあるよ』
結局、馬岱は共寝して気が休まらないのか休まるのか、よく分からないのだが、ともかく諸葛亮が目を覚ますと馬岱は起きる。
起きて、笑う。へらっと笑うこともあるし、にこぉと笑うこともある。『あぁーきれいな顔』とか言われたことがあるので、馬岱は諸葛亮の顔が好きなのかもしれない。
「雪ですか。よく分かりますね」
真冬の寝室は締め切っており、外の様子は分からない。雨ならば音で知れるが、雪となると。
「何となく、分かるもんじゃない」
「ちょっと、宜しいですか」
「んん?」
ぱちっと馬岱が目を開けた。つまり今までは閉じていたわけだ。生粋の漢人にはない少し淡い色の双眸がまたたいてきょろりと諸葛亮を見た。諸葛亮が身体を起こすと、背に回った腕ごとずるずると馬岱も付いてくる。
蔀を上げようとすると、後ろから伸びてきた手がやってくれた。
雪が舞っている。
積もるかもしれないし、積もらないかもしれない。そんな儚い雪華だ。
「雪が見たかったのかい。好き?」
「見たかったのは、大雪だと民が難儀すると思ったからです。雪は嫌いではありません・・・まあ、見るだけならば好きなのではないですか」
いつの頃から雪すらも、無心で見られなくなった。
家屋に被害が出る、兵の行軍に都合が悪い、でも北で大雪ならば侵攻がないということだから我が軍は大丈夫、というように。
「あなたは雪は好きですか」
「うーん・・・嫌いじゃないよ。好き・・かなあ・・どうでもいい、っていうのがいちばん近いかも」
冷えるが、馬岱が張り付いている背中は異様にあたたかい。
蔀が元通り絞められて、背中に重みが掛かって、先程とは逆に巻き戻るようにずるずると寝台に引き戻された。
「もうちょっと、寝なさい」
真面目くさった馬岱の声に、「はい」と答えて目を閉じた。
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