姜維は、城内にある私室の窓を開いた。
深まりゆく冬にふさわしい寒冷な空に向かって息を吐くと、白く濁ってたなびいた。
成都よりずっと北で生まれ育った姜維は寒さに強い。だからこれから迎える蜀での初めての真冬に関してまったく思うところはない。
姜維は蜀に来てから、成都の城内に居室を賜ってから、ひんぱんに窓を開け放つようになった。
魏国ではそのような習慣は持ってなかったので、これは本当に最近の癖だ。
火照った頭や身体を冷ますために。
姜維の脳裏や体躯を火照らせる原因である張本人は、おそらく寒さに弱い。
ごくまれに近づいて触れるかの人の身体はいつも不安になるほど体温が低い。
静かな挙措や口調も、まとう空気もあまり熱を感じさせないものだ。
それでいてかの人は、姜維の中の熱を煽りつづけている。
清雅な姿を、穏やかな声を思い出した姜維はまた体温が上がった心地がして、窓枠に額を押し付けた。
からからに乾いた木の感触にすこしだけ熱が引いていく感じがする。
その時扉が叩かれ、見覚えのある侍従が顔をのぞかせた。
「丞相閣下からです」
運び込まれたのは、厚みがあって、いかにもあたたかそうな毛織布である。冬用の寝具であろう。
「自愛するようにと」
姜維は唇を引き結び、非礼を承知で返答をしなかった。かたくなな態度をどう思ったのか分からないが侍従は特に反応をせずに退室していく。
(また、子どものような扱いを)
冬用の毛布、だなんて。
いつだってそうなのだ。
寒くはありませんか。よく眠れていますか。食べものは口に合いますか。
頻繁にではない。でも、ふとした折に漏らされる、人にも自分にも厳しい人からの、特別の温情・・・あきらかな特別扱い。
期待されている。もっといえば・・・愛されていると、思う。
だけど・・・・・それは後継として、なのだ。
当たり前だ。他に何がある。
苛立ちのあまり姜維は窓枠に拳を叩きつけた。
誰にも負けない武が欲しい。
誰にも劣らぬ知略が欲しい。
修練を積み、知識を身に着け経験を磨き。
高みへ。
かの人の後継にふさわしいものになるために。
(だけど私は、かの人の後継になどなりたくないのだ)
丞相。
あなたは、何も分かっていない。
あなたから贈られた毛布なんてかぶって、私が安眠できるとでも?
可愛らしい弟子だと思っておられるなら、間違いだ。
私はいずれ遠くない未来に、弟子の領分を踏み越える。
この熱はきっと・・・この身を食い破って、あなたへ襲いかかるのだろう。
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