寝返りを打ったところ、固いものに額をおもいきりぶつけてしまった。
固いといっても壁などじゃなく、一抹のやわらかみのある固いものなのだ。
それは、同衾した男の、鍛え上げられた肩なのだった。
かなりの勢いでぶつかったのであるが、男がめざめる気配はない。
孔明は不審に思わずにいられない。
何故、この男はこんなにも、自分などの隣で無防備に寝られるのだろうかと。
自分があまりに非力なことを、見下しているのだろうか。
それとも。
自分がこの男を害することが絶対にないと、思っているのだろうか…。
…信頼している?このわたしを…?
この男を我が陣営に取り込むために、あらゆる策をめぐらせたわたしを…
こうして寝ているのさえ、天下に鳴り響く猛将であるこの男を、我が陣に捕らえておくための策かもしれぬというのに…
「宜しいのですか…そのように無防備でいて。
わたしは、…あなたがひどく嫌う、策略家…権謀術数を扱う軍師…なのに」
馬超の髪は、しっとりと細くしなやかな孔明の髪などとは質が異なる。
細いことにはかわりないが、ふわりととらえどころのない軽みをもっている。
孔明は、同衾者の額にかかる髪を丁寧に梳いた。
はたからみれば、愛撫と見えたかもしれない。
「…孔明?もう、朝か」
「…いいえ。夜明けには、いま少し」
男は、かんぜんに起きたわけではなかったのだろう。
そうかと呟くと、また寝入ってしまった。その際、孔明のことをおのが腕の中にしっかりと納めてしまった。
「…もう。動けないではないですか…」
こうされてみると、男の胸とは存外に広いものだ。広く、そして熱い。
孔明は目を閉じた。
目を閉じる以外なかった。
この体勢で、いま出来ることといったら、それしかなかったから。
明日になったら、なにか変わるかもしれない。
たとえば馬超が劉備を裏切るようなことがあったら、自分は躊躇なく彼を討つだろう。
しかし、いまは。眠ってしまおう…
それ以外、出来ることもないのだから……