*できてない趙孔
「猫が布団に入ってきたら、ああ冬になったなあと思いますね」
「猫が布団に入ってきたら、ああ冬になったなあと思いますね」
「そうそう。で、入ってこなくなったら、ああ春が来たなあと思う」
「違いない」
文官同士が話している。どちらも猫好きなのであろうか、ほのぼのとした表情をしている。
「うちのは布団の中には入ってこなくなっても、布団の上に乗ってくる」
「うちのは、近付きもしないですな」
「ふぅん‥‥」
黒い真珠のように艶のある黒眸をゆったりと細め、諸葛亮は首をかしげた。
「春が来たら、猫は布団に入ってこなくなるんですって。将軍」
読んでいた書はあっさり取り上げられた。
でも実は布団の中にも隠してある。自分を強引に寝床へと押しやった武人が武装を解く間、取出した書をこっそり開く。
「何が言いたいんです」
「いえ、別に」
猫の習性なぞに当て嵌まるわけなかろう。
誰のせいだと思ってるんだ、と趙雲はおもう。
『将軍』
『将軍!』
『趙将軍!!』
やっと親を見つけた雛鳥のように部下が泣きついてきたのは、まだ朝も明けきらぬ早暁のことだった。
『聞いてくださいよう。軍師様が寝ないんですよう』
『やっとお休みになったと思ったら起き出して、月とか眺めてなんか考えてんです』
『夕べの真夜中のことです‥‥‥‥廊下の奥の使っていない物置き部屋から、ヒタヒタ…ヒタヒタ……という足音が聞こえて‥‥トントン…トントン‥‥って何かを叩く、もの悲しい音が聞こえてくるんですって‥‥‥‥夜警の兵がおそるおそる扉を押したところ‥‥ギィィィと身の毛がよだつ音を立てて扉が開き‥‥背中まである黒髪をおどろに乱し、真っ白い顔で白い着物着て下半身が無い幽霊が木槌を持って振り返ったんです‥‥‥‥ぎゃああああああ‥‥深夜の城内に響き渡る悲鳴‥‥……おれの弟が夜警だったんすけど、『あ、兄上~~で、出たんです~~ヒィ‥‥!』って泣きながら兵舎に帰ってきました。兵舎中大騒ぎっス』
「お心当たりは、ない、と言い張りますか、軍師」
「下半身はあった筈なんですけど‥‥あ。黒い表袍を着ておりましたけど、袖が邪魔だから帯から上を脱いだような気も、いたしますね」
趙雲は剣を寝台に立てかけ、帷子を脱いだ。帯や手甲の下に仕込んである細かな武器を外し、武袍を寝衣に替える。
「俺の部下を泣かせないで頂きたいものだ」
「だから、猫とは違って春になっても一緒の布団に入って、見張っておられるのですか?」
さすがは部下想いの趙将軍ですね。
褥の上に腹ばいになり頬杖をついた軍師は、くすくすと笑った。
この期におよんで軍師は寝所にて書物を読んでいる。そんな軍師を趙雲は睨んだ。書はさっき取り上げた筈だ。どこから出した。
「明かりを消しますよ」
「え、いえ、待って。もう少し」
無視して、消した。真っ暗になる。あきらめたような嘆息が聞こえ、書物は卓の上に置かれたようだった。
布団をめくり上げて人の褥とは思えぬほど将は無遠慮にそこに入り込んだ。
寝心地の良い場所を探してか軍師が布団の中でごそごそと動く。
「深夜の徘徊は、止めろ」
「え?止めませんよ。思いついたことはすぐに試してみたいのです」
深夜に抜け出してうろうろする。そして昼もたまに抜け出して思いもよらぬところで昼寝している。猫のようなのはどっちだ、と言いたい。といっても、このように職務に励む勤勉な猫はおるまいが。
事実、夕べの深夜に完成したという軍師の発明品の出来栄えは見事だった。軍団内において大いに役立つだろう。
「俺は、結局のところ、季節を問わずあなたを掴まえていなくてはいけないわけか」
つぶやいたが、返事はなかった。返答を求めたわけではないが、不審に感じて布団を持ち上げてみる。
布団の中で丸くなって、軍師はすでに眠りに落ちていた。
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