外へと一歩を踏み出すと雨に包まれた。今日は冠をつけていない。重い袍も着ていない。それだけで身は軽やかでどこにでも行けそうな気がした。
どこにでも――
ふふ、と喉もとに笑みがわだかまった。
どこにも行けようはずがないというのに。どこにゆくというのだろう。
髪にも顔にも雨滴が落ちかかる。
このまま。降りやまなければ。降って降って降って天地が崩れるほどに降り続けば。この世から争いはなくなるのだろうか。
臥した龍、と呼ばれていたことがあった。雲を得れば天に昇るのだと。
龍は天に昇ってなにをするのだろう。慈雨を降らせて人を生かす?
そう―――ひとを生かす龍になりたかった。だのに私はあまたの兵を死地におくりこむ。
目から雫がこぼれた。つぎからつぎへと、ぼろぼろと。のどから嗚咽が漏れる。
無慈悲な天にうつむいてぼろぼろと目から雫をこぼしていると、ふうわりと何かがかぶさった。慣れた匂い。そして気配。
「どこかに―――」
「うん?」
「どこかに、私が行ってしまいたいといえば。あなたはどうなさいますか」
「おまえが真に望むのならば、どこへなりと共にゆく」
慣れた気配に抱き締められた。慣れた匂い、体温。具足の硬さですら。
優しく強い抱擁を受ける。遠巻きにあった護衛の気配も今はない。雨降りしきる天と地のあわいにふたりだけ在るような都合の良い錯覚がした。
目を伏せるとまだ涙がはらはらとこぼれ落ちた。
「子龍。あなたがいなくなったら私はもう泣くことすらできないという気がします」
言い終わらないうちに、武将の肩衣にすっぽりと包みこまれて抱き上げられた。布に包まれたまま無骨で美しい肩の筋肉の上に顔を乗せ、一人分の重みなど苦にもならぬという確かな歩みに身をまかせて止まらない雫に濡れている目を閉じた。
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