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YoruHika 三国志女性向けサイト 諸葛孔明偏愛主義
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真夜中に目が覚めたのは、どうしてなのだろう。
私の眠りは異様に深くて、たいていのことでは目覚めたりしないのに。
真っ暗だ。
だけど彼のことだけははっきりと目に映った。隣に横たわって眠りについたはずだったが、いまは身を起こして私のことを見下ろしている。
伸ばされかけた指は、私のどこに触れるつもりだったのだろう。

「・・・起こしたか」
すまん、と彼は謝る。
引っ込めかけた指を伸ばして、私の顔に散る髪を掻き分け、そしてすこし笑った。
陣営では、彼のことを非があっても謝らない奴だと悪し様に言う者が多い。笑わない人だとも、聞く。
何を見ているのだろうと思う。
これほどやさしい顔で笑うのに。

「孟起」
「・・・うん?」
「眠れないのですか」
「・・・そうだな」
しばらく髪を撫でていた彼は徐々に身体をずらして私の上に覆いかぶさった。それでも体躯の重みがすべてはかからないようにしてくれている。
「孟起」
「・・・・・・」
しばらくそんなふうにしていたが、彼は急に立ち上がって寝台をおりた。
「どうもいかんな。眠れそうにない」
苦笑して、背を向けた。
「すこし馬で駆けてくる。眠っていてくれ」
すこしといって、きっと一晩中帰ってこないのだろう。
否。
そのまま・・・帰ってこないのではないか、彼は。

 

「これほど寒くては、私もきっと眠れないでしょう」
「・・孔明?」
「いえ。眠れますけど。あなたがいなくても、私は眠れます、きっと。すこし、寝付くのに時間がかかるかもしれませんが。なにしろ今夜は寒いので」
なにを言っているのだろう。
だけど私は、言えないのだ。
真夜中に馬を駆って行ってしまおうとしている彼に、行かないでくれと。まして・・・一緒に連れていってくれ、と。
「寒い・・・ですね。今夜は・・・」
実感だった。彼がいなくても、私は眠れる。寝付くのにすこし、時間がかかってしまうだけだ。

元のように寝台に横たわる。
主のいない寝台は寒々と広い。
彼はなんともいえない顔で立ち尽くしていたが、精悍な容貌をくしゃりと歪めて、寝台へと戻ってきた。
抱きしめられた。堅い胸であり、強い腕だ。堅く強く、そして脆い。
寝台を出て外気にさらされていた皮膚は冷えていたつめたかったが、体躯は熱く、不覚なことだが泣きそうになった。
だからきつく目を閉じていた。
彼は漢風のものではない毛織りを引っ張り上げて私の肩を包み込む。私はそっと手を伸ばして、それで彼の身体をも包むこんだ。そして私は彼の肩に顔をうずめて、それで隙間のすべてが埋まった。
「孔明・・・」
彼が抱く力を強くする。
そうして朝までふたりで眠った。いや眠れなかったので、ずっと起きていたのだが。


 

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「今日は冷えるなあ、趙雲」
いかにも寒そうに肩に巻いた衣で首を覆っている主君に、趙雲は首をやや傾ける。
「そうでしょうか」
それほど寒いとは思えない。頬にあたる風が少しひえているという程度だ。
「そうだったな、おまえは不感症だったな」
「ふか―――・・・なにを言っておいでか」
「冗談だ」
「あまり趣味が良くありません!」
「寒いのも良いものだな、趙雲」
「なにを、また」
「寒いから熱を分け合うこともできるのだな――あんなふうに」

はるか先に見下ろす木の影あたりにたたずむ、長身の影がふたつ。
ただ並んで立っているだけだ。
なにも知らないものには武人と文人がたまたま一緒に居るというふうに見えるだろう。
少し事情を知るものならば、降将と軍師がともに居る、と見るかもしれない。
事情を良く知っているごくごく一部の者だけがまた別の見かたができる。劉備は数少ない一部のうちのひとりであり、とばっちりのような感じで趙雲もその中にはいっている。

「妬けますか?」
趙雲は笑みを浮かべる。先ほどの冗談のお返しである。
「妬けるとも、趙雲。妬けるぞ。あれはわたしが見つけてきた珠玉――極上の'水'なのだからな。それをあんな馬の骨にやれるものか!・・・と言いたいところだがな、あれは妬けない。あれはな、趙雲、寒がりの獣が2頭、身を寄せ合っているようなものだ」
「・・・・・・」
身を寄せ合っているとは言いかねた。ただ立っているだけなのだ。寄り添ってるわけではない。
それでも、なぜかその意味が理解はできた。
おそらく一見すると気難しく、穏やかだがひどく厳しくもあるその人の孤独を、誰よりも近くで見てきたからかもしれない。

あまり理解はしたくないな・・・

「おまえこそ、妬けないのか?」
「え!?」
劉備はそれこそ人の悪い笑みだ。お返しのお返し、ということなのだろうか。
「なぜわたしが妬かなくてはならないのですか!」
趙雲はいいつのる。
あー寒いなぁと劉備はわざとらしく肩をすくめる。
風が確かにすこしつめたいかもしれないと趙雲ははじめておもった。
胸が、すこしだけ痛んでいた。


 

俺の話を聞く孔明は、いつもとても眠そうだ。
主君のそばでの温和もなければ、武将たちの前での厳しさも、文官どもを従える理知もない。まったく無い。
とろりとした目は、今にも閉じられそうにうつらうつらと揺れている。
否、事実、閉じられているときも多い。
聞いていないのか、と声を荒げたことは一度や二度ではない。

大体、話し好きというわけではないのだ。
語り合うことはどちらかというと苦手だ。
ところが孔明はなぜか俺に話をさせたがる。
聞いているのかと問うと、聞いていると即答が返る。
口をつぐむと、なぜ黙るのかという目で見る。
それでいて眠たげに目を伏せて、聞いているのかいないのか分からない。

いまも毛織りの布にくるまって、目を閉じている。
俺にだけ話させてくつろぐさまがしゃくに障り、ためしにちょっと黙ってみた。
どれくらい時が流れたか、孔明は目を上げた。

「孟起」
俺はこの目に弱い。声にも弱い。それにおそらく、
「な、なんだ」
・・・あざなを呼ばれるのに、弱いのだ。
「続き、は」
「・・・ずるくは、ないか?」
「・・・ずるい・・・?」
孔明はちょっと考えるしぐさをした。
黒すぎるほど黒い双眸に理知が戻りそうな気がして、俺はなぜか慌てた。
「そうだ。そうではないか?俺にばかり話をさせるなぞ。おまえのほうがよほど口が立つだろう。それに――いつも思うのだが、ほんとうに聞いているのか。眠っているのではないのか?」
「気持ちいいのです・・・よ。あなたの声を聞いているのは。それでつい…」
眠ってしまいそうになるのだと、孔明はつぶやく。
多少はむっとしなくもないが、それでいて怒りもできない気分だった。
呆れ半分、複雑な心境になったが、反面、思わずくっと笑ってしまった。
「なにか・・・おかしいですか」
「ああ、おかしい。俺の声で眠くなるだと?同じだな。俺も、軍議でおまえが神妙な顔つきで語る軍略など聞いていると、眠くて仕方ない。子守唄の領域だぞ、あれは」
ふぅ…ん、と孔明が目を上げる。
一瞬その白い容貌に、理知どころか冷厳まで宿った気がしてぎょっとした。

俺の室で、理知など無いほうが良い。眠そうに揺れているほうがよほどマシだ。
俺の心中など知らぬだろうに、孔明はまた毛織りに顔を伏せて目を閉じた。眠そうに。
ほっとしたのだが、見てるうちに俺も、眠くなった。

「寝る、か」
毛織りにうずもれた頭部が、ゆるくうなづいた・・・ような、気がした。
立ち上がって手を差し伸べると、ごそごそと孔明も立ち上がる。
相変わらず、厳しさも理知もみじんもない様子にすこし笑えた。
「孔明」
「・・・はい」
「す―――いや、なんでもない」
口ごもった挙句、俺はちょっと赤くなった。
眠くて頭がどうかしているのだ。―――なことを言いそうに、なるとは。
「・・・孟起」
「な、なんだっ」
「・・・眠くて、歩けそうにありません…」
「う、む」
・・・仕方ない。眠いとあらば。
俺は孔明を抱き上げて、寝台へと運んだ。

 

風が通るのは、窓が開いているからだ。静かな風が額をかすめる。
すこし、肌寒い。
あわい金色の月が、畏怖を感じるほど大きな夜だ。

孔明は肌掛けに頬を埋めた。
動物の毛を加工したその布はやわらかく暖かい。
床に敷かれているのも動物の毛を加工したものだ。
椅子にではなく、床に敷かれた敷物の上にじかに座っている。
漢の風俗ではないその習慣を、孔明は気に入りはじめていた。

斜めの向かいには同じように床にじかに座る男が、話している。
重要なことでも火急のことでもない。
戦のことではなく、政治のことでもなかった。
今日あったこと。今日見たもの。今日聞いた音。今日感じた風。
そういうことを、ぼつりぼつりと話す。
背中に羽織った肌掛けを孔明はすこし引っ張り上げる。
月明かりが室にやわらかさを与えている。
孔明はちいさく、あくびをした。
話していた男が、ふと動きを止める。
「孔明。聞いているのか?」
「聞いています」
即答に彼は、む、と顔をしかめる。
ふわりと風が動いた気がして顔を上げると、大柄な体躯がもう目の前にきていた。
顎に掛かる手も、大きい。
長い指は形は良いが節が太く、武人以外の何者にもならぬ手だ、と孔明はおもう。
そのままぐいと顔を上げさせられて、口づけられた。
口づけは長かったが、やがて離れた。
ふ、と息をついた彼はもう一度だけごく軽い接吻をし、すっと身体を動かして元にいた場所に戻った。
それからまた、彼はぼつりぼつりと話し出した。
今日あったことを。今日見たものを。今日聞いた音を。今日感じた風を。
孔明は肌掛けに頬を埋めて、目を閉じる。
話は、ちゃんと聞いていた。

 

寝室の帳を引いておくか開けておくかは、寝る前にしばし悩む。
とばりを閉め切っておけば気持ちが落ち着き、安眠が約束される。
とばりを開けておいて日差しで目覚めるというのも、また悪くない感覚である。

しかしやはり安眠は捨てがたく、たいていは閉めて眠る。
昨夜もそうしたはずだった。
目が覚めて光が射し込んでいるのは、だから、とてもおかしなことだ。
重い重いため息を吐いてゆっくりと覚醒しようとしていた私は、室内の薄白さに気付いて飛び起きた。
否。
飛び起きようとした…のだが、いかんせん寝起きの悪さのために、ふらふらと頭を起こしてうなっただけだ。
「・・・朝・・・議・・・が」
「今日、朝議の予定なんかあったか?」
独特の声は聞き覚えのあるものだったが予想外のもので、寝起きの心の臓が跳ね上がった。
ぼんやりと声のほうを見る。

明るいのは昇りきった朝陽が射したのではなかった。
東のほうの山ぎわが淡い東雲に霞んでいたが、空のほとんどの部分はまだ暗色に覆われている。
夜明け特有の澄みきった風が頬をなぶって、まばたきを繰り返す。

とばりと、それから窓を開けはなった彼が、ゆっくりと窓辺を離れた。
腕を組んだ格好のまま、寝台へと座る。きしりという音がして、手が伸びてくる。
「目を開けたまま、夢を見ているのか。器用だな」
伸ばされた手は、わたしの寝乱れた髪を、こめかみに向って撫でつけた。
「・・・どうして、ですか」
「なんだ?」
撫でられているうちに心地よくなって、私はふらりと寝台に突っ伏した。
「どうして、あなたがここにいるのです・・・?西方に出没した盗賊の征伐に出たはずでは。まさか、・・・放り出してきた・・・のではないでしょうね」
やさしげに撫でていた手がとまった。
「―――あのな、・・・俺をなんだと思っているのだ」
「・・・・・」
心地よくて、目を閉じる。
空は白んでいるが、あと少しなら――時間がある。
「盗賊など、さっさと片付けてきた。あのような者ども、錦馬超の敵ではな――聞いているのか、孔明!?」
「・・・・・・」
・・・聞いている・・・ような。いないような。
いや、聞いている。耳には、入っているのだから・・・
「寝るな、こらっ!」
「・・・・」
「ったく!この時刻に戻るのに、俺がどれほど馬を跳ばしたと思っているのだっ。俺は、お前に、会いたくて―――…」
言葉が、ぐっとつまった。
薄目をあけると、灰緑色の眸と目が合った。彼は、みるみる赤くなった。
「―――もう、いいっ!!帰るぞ、俺は!――――っ!?」
勢いよく寝台から立ち上がろうとした彼は、奇妙な顔で固まった。立ってもいなければ座ってもいないという中途半端な格好で。
それは勿論、私が彼の服の裾を掴んでいたからである。
「・・・孟起」
「――――」
あざなを呼ぶと、頬骨の秀でた精悍な容貌が、朱に染まる。
「行かないで・・・ください。私も、・・・会いたかったんですから」
「――――――」
彼はぐっと言葉に詰まったかと思うと、がばっと寝台に覆いかぶさった。
正確に言うと、寝台にではなくて、私に。
ぎゅうぎゅうと締め上げるように抱きつかれて、それから口づけられた。


私は、睡眠をこよなく愛する。
眠りを妨害するものは嫌いだ。
だけど、朝のわずかな時間を共にするために夜通し駆けてきたのであろう彼には、それを許そうとおもう。

「孟起」

もう一度呼ぶと、抱擁はますます強くなった。
 

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