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YoruHika 三国志女性向けサイト 諸葛孔明偏愛主義
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馬を走らせる。行き先は草原であったり山であったり、田畑に囲まれた村落であったりもする。名も知れぬ砦や、古戦場の跡があれば足をのばし、歩き、俯瞰する。
街も歩く。知るために。あらゆることを知るために。
知らぬことが多すぎて、苛立つ。
苛立ってさらに馬を走らせると、低木に咲く花を見かけた。
白い花弁、黄色いしべ。知らぬ花だった。山麓にひとかたまりに植わった、あきらかに人の手がはいっている樹木。
土地のものに乞うて、一枝をもらい受ける。


かの人は、わたしがどのあたりに行ったのかを尋ねると、すいと袖をさばいて立ち上がり、ゆったりとした動作で茶を煮てくださった。
わたしが手折ってきた白い花は、丸い茶色の花入れに挿されていた。同じ盆の上に、澄んだ新緑いろの茶。

「茶の、花ですよ…姜維」

茶の花・・・
丞相は、わたしが行ってきた場所、そのあたりで採れた茶葉を煮たのだと云って、微笑んだ。
笑みがあまりに美しく、おもわず視線をそらした。そらしているのが惜しくなって、すぐまた戻す。
茶を喫されながら、丞相はゆっくりと語る。茶の花が咲く時期について。茶の木の栽培について。茶の製法について。茶葉の質について。
くつろいだ、穏やかな表情、静かな声。湯気が仄かにたなびく。


知らぬことが多い。わたしはそのことにいつも苛立つ。
しかし、知らぬことをこの方に教えていただくとき、いつも。
その眼差しがわたしだけに向けられて。
静かな声がわたしのためだけに語るのを聞くと。いつも。
知らなくて良かった、とおもってしまうのだ。


             
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夜半過ぎ。
ぶらりと諸葛亮の執務室に足を踏み入れた法正は、片方の眉を上げて口端を上げた。
「なんですか、これ」
諸葛亮はいつものように椅子に座って書き物をしていたが、座敷のほうには若者が二人、ぐーすか寝ていた。
一人は春霞の中で咲く桜花のようにふんわりとした美貌の御子で、もう片方は凛々しく整ったこれまたひどく美形なクソガキである。
「先ほどまでふたりで勉強しておりましたので。疲れてしまったのでしょう」
「なるほど・・子どもは寝る時間だ」
くつくつと法正は笑った。
勉強とはいってもおそらく阿斗君――いや今は劉禅様と申し上げるのだ――は、のらりくらりと雲を掴むようなへんてこな質問を繰り返し、姜維は突拍子もない劉禅の疑問にいちいち真剣に頭を悩ませてひとつひとつに答えたのだろう。

劉禅付きの衛兵や侍者がやってきて、諸葛亮と法正に丁重な礼をとりつつ、劉禅をやさしく起こした。劉禅は目をこすりながらゆめうつつに出て行く。
蝋燭が燃える音が聞こえるくらいに静かになった。
夜更けだというのに諸葛亮は端整なたたずまいで、整えられた衣冠に乱れもない。
法正が持参した竹簡を広げて、目を通している。
可とも不可とも反応が無いのはいつものことだ。相容れない性分が不快で反発し、互いの才知を疑り探り合う時期はとうに過ぎていた。今では自分と同等以上の才知と能力を有して成果を出す相手だと、認め合っている。

「執務をしながら酒を?」
「ああ、匂いますか」
暇なので立ったまま卓に置かれた龍の置き物を指先でたどっていた法正は、非難するつもりか、相変わらずお堅いことで、と笑みを浮かべて目線を下げると、座っていて目を上げている諸葛亮と視線が交わった。
表情は静まり返っている。常と変わらず。しかしながら、瞳の奥に法正の身を心配する色が見え、虚を突かれて法正は一瞬黙り、肩をすくめた。
「たしなむ程度、ですよ。冷えてきましたのでね、身体をあたためようと思いまして」
どうして俺がこんな、弁解するようなことを。
冷える夜に、温めた酒を飲んだくらいのことで。

わずかにうろたえた法正は、照れ隠しに髪を掻き揚げた。
「人の事を非難する前に、諸葛亮殿。あなたももう休むことですね」
返答はなかったが、法正の書いた竹簡を見分し終わった諸葛亮は、竹簡や筆を几帳面な仕草で片付け、席を立った。
ごろ寝をしている若い将に、あたたかそうな毛織布を掛けてやっている。
「その坊やを、ずいぶんとお気に入りだ」
「・・・失わせたものが大きいですので。与えられるものは与えたいのです」
「ふふん」
若者にそそぐ静かな眼差しが何とも気に障った法正は鼻を鳴らした。
立ち上がった白衣の細腰に背後から手を回す。
寝ている子どもなど、放っておけばいいのだ。
「俺と、大人の時間を過ごしませんか」
耳に吹き込むように、声を低めてささやく。
「ねえ、諸葛亮殿。俺の室にきませんか。楽しませて差し上げますよ?」

「・・・はやく眠りたいのですが」
つれない文言をつぶやきながらも痩身は特には逆らわなかった。
よりいっそう深く抱きこみ、向かい合う形にかえようとした時。
ううん、とかすれたうめきが上がった。
濃い樹木の色の髪が揺れて、若い女がきゃあきゃあと騒ぐ整った容貌の眉間にしわが寄る。
痩身がするりと腕から出て行き、青年の傍にかがみこんだ。

不敵な面がまえをした青年だが、魏からの降将である彼へと風当たりは強い。気丈にふるまってはいるが。
諸葛亮はうなされる若者に手をのばしはしなかった。身体のどこかを撫でてやることも、手を握ることも、声を掛けることもしない。黒い眸をわずかに細め、静やかな眼差しをそそぐだけだ。
だがどうにも自分の元には戻りそうもない。
舌打ちを噛み殺した法正は、来た時と同様にぶらりとその部屋を出て、扉を閉めた。

与えられるものは与えたいのです・・・か。
あの坊やはそのうち、あなたのすべてを欲しがるだろう。
どうするんですか、諸葛亮殿。

容易に答えを思いついて、法正は口端を歪めた。
ああ、きっとあなたは、与えるんだろうな。






 
乱世といえど、成都は戦禍にあっていないから、庭園はそれなりに整えられている。
姜維は庭の景観に興味はない。そこに生えている植物にも、まったく関心はない。
それでいて、毎日のように庭園を歩く。
薄(すすき)が秋風に揺れている。赤い萩がこうべを垂れ、白い小菊が草むらに群れ咲き、薄紫の紫苑と黄色の石蕗が咲きはじめている。
草にも花にも樹木にも関心のない姜維は興味のない目でそれらをひととおり検分し、足をとめた。
黄金色の花をつけた樹木。かんばしい香りがあたりに漂う。
樹木をしばらく見詰め、無言のままに小刀を抜いた。
慎重に、一枝を斬りとる。

さくりと下草を踏んで、引き返した。
益州の中枢たる宮城に付随する白い建物にたどりついて、そこに仕える者に花枝をたくす。
「丞相の居室へ」
一拍をおいて、付け足す。
「ご寝所の、枕辺に」
かしこまりました、と侍者はうやうやしく受け取って、奥へと消えた。


翌日、執務の補佐をしていると、想い人が書簡からふと目を上げた。
「昨夜の木犀は、良い香りがして。よく眠れた気がします」
「・・・そうですか」
「いつも花を届けてくれて、ありがとう。貴方はやさしいですね」
冠につけた房飾りが揺れるのを目で追って、小さく否定する。
「いいえ」


いいえ。やさしさではありません、丞相。

あなたの安眠を誘えたのは、うれしい。
あなたの御心をやわらげることができたのも。
でも、丞相。それだけではない。
わたしは、あなたがいる空間に、わたしがいないことが耐えられないのです。

今日の天気は、どうだろう。

髪をくしけずる人の後ろ姿を眺めて、姜維は寝台の上でゆっくりと身体を起こした。

かの御方は、視察に赴くのだという。遠方、山間の小村へと。

曇りであればよいな、とおもう。
残暑の厳しい時候だ。日差しのきつさと暑さの中で山を越えるのは難儀されよう。曇り空ならば、御身体がすこしは楽であろう。

髪が整い、白緑の衣装をまとったのを見ていると、ふと、雨にならないものかと想念が湧いた。
大ぶりの雨になれば、視察は取りやめになる。そうすれば今少し、共にいられる‥‥寝台の中へ、わが腕の中に戻ってきて、いただけるかも‥‥

早朝の出立に配慮して、夕べはおとなしく眠りについた。
その埋め合わせを、――‥…


髪と白緑の衣装がなかば整ったあたりで、未練を振り切り身なりを正した姜維は、室を辞した。
「道中、お気をつけて。丞相」
「ええ」

自室に戻り、鍛錬用の武装束を整えたところに、伝令の兵が飛び込んできた。
「申し上げます!本日の調練は、中止とあいなりました!劉備様に来客があり、主な武将方で宴を催されるとのこと」
「承知した。ご苦労」
伝令が背を向けるやいなや姜維は佩刀し、外套を引っ掴んで走り出した。

「丞相!!」
あと一歩で、外へと続く扉に到着するという人の姿をとらえた。
「丞相!本日の調練は中止とのこと。視察に、お供いたします!」
「そうですか」

晴れが、よい。
涼やかな秋の空であればよい。
秋の風景、秋の風物について教えを乞うふりをして、お声が聞ける。
かの人の前に立ち、扉を取っ手に手を掛ける。
扉を開くのは、目下の者の役目だ。扉の向こう側に、曲者がひそんでいるかもしれない。
白衣の賢人を背にかばって前に立ち、扉を、押し開けた。
早朝の薄い光が、開いた隙間からこぼれ出る。

「丞相。参りましょう」
かの人の肩を抱くようにして、外へと。

空を見上げて、気づいた。
ああ、天気なんて、どうでもいいのだ。
曇りでも、雨でも、晴れでも。

あなたの傍にいられるのならば。
姜維は、城内にある私室の窓を開いた。
深まりゆく冬にふさわしい寒冷な空に向かって息を吐くと、白く濁ってたなびいた。
成都よりずっと北で生まれ育った姜維は寒さに強い。だからこれから迎える蜀での初めての真冬に関してまったく思うところはない。
姜維は蜀に来てから、成都の城内に居室を賜ってから、ひんぱんに窓を開け放つようになった。
魏国ではそのような習慣は持ってなかったので、これは本当に最近の癖だ。
火照った頭や身体を冷ますために。
姜維の脳裏や体躯を火照らせる原因である張本人は、おそらく寒さに弱い。
ごくまれに近づいて触れるかの人の身体はいつも不安になるほど体温が低い。
静かな挙措や口調も、まとう空気もあまり熱を感じさせないものだ。
それでいてかの人は、姜維の中の熱を煽りつづけている。
清雅な姿を、穏やかな声を思い出した姜維はまた体温が上がった心地がして、窓枠に額を押し付けた。
からからに乾いた木の感触にすこしだけ熱が引いていく感じがする。
その時扉が叩かれ、見覚えのある侍従が顔をのぞかせた。
「丞相閣下からです」
運び込まれたのは、厚みがあって、いかにもあたたかそうな毛織布である。冬用の寝具であろう。
「自愛するようにと」
姜維は唇を引き結び、非礼を承知で返答をしなかった。かたくなな態度をどう思ったのか分からないが侍従は特に反応をせずに退室していく。
(また、子どものような扱いを)
冬用の毛布、だなんて。
いつだってそうなのだ。
寒くはありませんか。よく眠れていますか。食べものは口に合いますか。
頻繁にではない。でも、ふとした折に漏らされる、人にも自分にも厳しい人からの、特別の温情・・・あきらかな特別扱い。
期待されている。もっといえば・・・愛されていると、思う。
だけど・・・・・それは後継として、なのだ。
当たり前だ。他に何がある。
苛立ちのあまり姜維は窓枠に拳を叩きつけた。
誰にも負けない武が欲しい。
誰にも劣らぬ知略が欲しい。
修練を積み、知識を身に着け経験を磨き。
高みへ。
かの人の後継にふさわしいものになるために。
(だけど私は、かの人の後継になどなりたくないのだ)
丞相。
あなたは、何も分かっていない。
あなたから贈られた毛布なんてかぶって、私が安眠できるとでも?
可愛らしい弟子だと思っておられるなら、間違いだ。
私はいずれ遠くない未来に、弟子の領分を踏み越える。
この熱はきっと・・・この身を食い破って、あなたへ襲いかかるのだろう。
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