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YoruHika 三国志女性向けサイト 諸葛孔明偏愛主義
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〔月影〕 月の光、月の形、月の光で照らし出された物の姿
月出でて皎たり 佼人僚たり 舒にして窈糾たり 勞心悄たり


深遠の闇がたちこめている。
二十七夜。もはや消えかけた幽き月が心細げに闇に抱かれ、仄白のひかりを滲ませていた。

 

牀台には、もうひとつ月がいる。
横たわり、薄い背を微弱に上下させて、眠っている。
この人は、またすこし痩せたのだろうか。


足音を殺して、かの人が眠る牀台に近づいた。
近づくと、かの人は昼間の衣冠を解かずに眠ってしまっていることが分かった。あまりに疲労して、眠るつもりではないけれど少しだけと横になり、そのまま寝入ってしまったというように。
女人のように細いが、女人ほどには丸みのない尊貴の肩に手をかけて首を支え、冠の結わい紐を解く。
細い黒髪が音もなくまつろって、顔を隠した。
外した冠をそっと脇によけ、震えそうな指先で、髪を払いのける。
夜の色が流れて、白皙があらわになった。
淡く白く、まるで今宵の月のようにか細い。
政務をこなす時には冴えを、行政に携わるときには民草をおもいやる温容を。戦場では、白刃の気迫と果断を。
さまざまに顔を持つその人が、眠るときこれほどにはかなげな顔つきをしていることを、知るものは多くない。かつてはあと幾人かいたのだろうか。いまではもうきっと、わたしだけだ。


透けるようなひ弱さはない、が、肌はあくまで白く、なにものにも侵されぬ玉のようだ。
硬質な印象の肌とは逆に、薄く色づいた唇は儚い。
静かに顔を寄せた。
息をしていないかと疑うほど静かな寝息しかないのだが、唇は人の体温がする。
吐息に灯るひそやかな体温は、泣きたいほど深い安堵をもたらした。
生きている。まだ、生きている。

はかない唇の感触に、心が振動した。
わたしの分の重みをも抱えこんでぎしりと鳴く牀の上で、深く、合わせた。
「……」
ちいさく身体が揺れるのを、両腕で抱きしめた。皮膚の感触、匂い、鼓動――覚えているかの人の情報が、五感を通じて流れ込んでくる。
意識がのぼり始めているのか、濃い睫毛は異変を恐れるように震えるが、口内はいまだ無防備で抵抗が無い。
細腰を抱いて身体同士を密着させ、口吻を合わせる。
背筋が震えるのが、我ながら無様だった。
「…姜維、…」
彼が目をあけた。
ほころぶ花のように微笑んだならどれほどうるわしかろうと思う。だが濃い睫毛が翳りを落とす視線は、かの人の気性を映すように黒々と深い。
「戻り、ましたか」
「…はい」
「それで…魏軍の動きは。兵の数は…?司馬懿、はどう…出…」
「報告は明日朝堂にていたします。いまは、――」
堅い官服の襟元を、ゆっくり肌蹴ていった。
それに気づいて、眠りから覚めたばかりの肢体がすこし強張る。
寝顔なりひとめ見たい―――そう思ったのは嘘ではない。
寝顔だけ拝して、退室しても良かった筈であるのに。

欲情ではない―――筈だ。
体温を、確かめたいだけだ。

厳重に着込まれた文官衣を一枚一枚、花弁を摘むように開いていく。

花のようだと喩えるには、この人の肌は硬質すぎる。
見ただけでは、体温があるようには見えない。だから、触れて確かめなければならなかったのだ。

 

 

 

 

 


すべての色を包み込む黒を、かたくなに身に纏う人。その色を我が手で乱す時はいつも、罪の意識がともなう。
黒がこの人の鎧であるからだろうか。
戦場で武将が鋼鉄でわが身を覆うように、この人は黒衣でわが身を鎧っている。
守るためだとはおもわない。わが身を護るためにその衣を纏っているのならば、わたしの胸はこれほど痛みはしない。この人が鎧を着ているのは、ただ、戦いつづけるためだ。
 
黒を乱せば、あらわれるのは白玉の無垢。月白に映えてこの世のものともおもえないほどの。
「丞相」
声が揺らぎそうになって、口を重ねた。うすく開いているのをよいことに、唇からその奥へ。
「丞相」
白い膚を刻印を残すのも、きっと罪だ。   
いつだって抵抗しないこの人に思うままに触れるのも。
いまだ未熟なわたしがこの方に触れるのを許されているのは、ひとえに自らの後を受け継ぐものをこの方が欲したからに過ぎない。 
「丞相―――丞…」
「…姜維、―――…もうすこし、ゆっくり…」
「いやです」
いやなのではない。無理なのだ。この玉膚を前にして冷静ではいられない。
性急さが未熟のあらわれのようで恐ろしくなり、もう一度くちびるを塞いだ。口内はあたたかい。それから衣の下の肌も。あたたかい。
眉をしかめる様子も、開いた唇が震えるのも、なにかおそろしい。反面、それらの反応を起こさせているのが自分の手だと思うと、しびれる様な欲情が突き上げてくる。
乱れさせたい。わたしのことだけを感じさせたい。・・・それが罪だと、分かっていても。
「丞相。…お許し下さい…」
ささやくとかの人は、諦めたように目を閉じた。
喉から胸に唇を落としながら、最後の帯を解く。

  


わたしはこの方の後を受け継ぐだろう。
愚かしくも忠実に。この方の為した事跡を継ぐのだ。
 

 

もっと早く遭いたかった。
満月のときに。三日月のときに。
出遭ったとき、月はもう欠けはじめていた。
二十七夜。夜は、あまりにも短い。 
 
届かない月に、わたしは恋をしているのだ。

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雨が降って止んでも、いっこうに涼しくはならなかった。
低くたちこめた雲に熱気が閉じ込めれているようで、ひどく蒸す。
調練を終えた姜維は、水を浴びた。
暑さはあるが湿度も高く、からりとは乾かない。髪にまといつく雫をはらい、一度解いた髪を再度きりりと、結びなおす。
そして午後からの予定のために移動する。

丞相府に、その最奥の居室に、一歩足を踏み入れて、息を止めた。

ここはいつも、ひやりとした空気に包まれている。
書物を多く保管して扱う棟であるため、日光を避ける造りになっているのだ。
真夏の暑気もここには届かない。

そして――――
「・・・・・姜維」
そこにいる人も。
姿も、着衣も、容貌も。
なにひとつ、蒸すような熱気も、湿度も感じさせない。
さらりと流れる髪も、ゆるやかな動作も、やわらかい声も。
姜維は立ち尽くす。言葉もなく。時が止まったように感じられた。
「姜維?」
あるかなきかのかすかな微笑も、書簡を持つ指先の細さも。

「熱でも、あるのですか・・・それとも暑気あたりにでも?」
ゆるりと袖が動いて上がり、手が伸びてくる。

「こんなに顔を赤くして。外はそれほどの暑さですか」
ああ、動けない。なにをしているのだ、わたしは。
丞相の下問である。応えなければ。

手が、触れた。
額に。

「・・・ほんとうに具合が?いけません、もう退出なさ」
「いえ!」

あ。―――声が出た。

「退出など、しません。わたしは。丞相」

声を絞り出す。

「おそばに、おります」

おそばに。ずっと、―――願わくば永遠に。

いつか置いてゆかれる、でも、かならず追いかける。どこまでも。

「では、執務を。あなたにはこちらの書簡をまかせます」

「は」

止まっていた時がようやく流れ出す―――流れ出した、はずだった、のに。
書簡を受け取るとき、指先が触れたので。

また、時が止まってしまった。ああ、駄目だ。

落ち着け。

 

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